運の無い俺が一目ぼれした人形
最近、よくないことばかりが起きていた。
例えば、仕事では異常なくらいに負傷するし、体調もずっと崩れ気味だ。
気を遣っていた人間関係さえも、妙なくらいにギクシャクし始めていた。
俺はもともと運のいい人間ではないが、ここまで色々なことが上手くいかないのは初めてだった。
そんなある日のことだ。
家に訪れた友人が部屋に飾ってあったスーパードルフィー(人形)を見て、「なんか気持ち悪いよね」と言った。
全ての原因はこいつ!?
このスーパードルフィーは俺がなんとなく購入した物だった。
カスタムもしていないし、服も安物でみすぼらしいが、毎日手入れをしてやっていた。
髪をとかすことが習慣になる程度には俺の日常に溶け込んだ存在だった。
そんな彼女のことを話しているうちに、友人と議論になっていた。
そしていつのまにか、「俺の不調は彼女のせいなんじゃないか?」という内容に変化していった。
その発想はなかった。
だが、現実に追い詰められていた俺は、深く考えもせずにそう納得してしまった。
不調をきたすようになったのはこいつを購入したからかもしれない、と。
全ての原因はこいつにあるのだ、と。
なんだか考えるほどに気味が悪くなってきて、俺はすぐにスーパードルフィーを売り払うことにした。
近所の大型中古ショップへ行き、結構な値で引き取ってもらえた。
取引はあっさり終わり、俺は「ざまあみろ」と思った。
問題はそれで解決したように思えた。
でも違った。
次の日から俺の体調は劇的に悪化した。
仕事で腰を悪くして入院した。
軽い風邪で済んでいたものが喘息になった。
忙しい時期に体調を崩したせいで、俺は見事な厄介者になった。
俺はとても寂しかった。
色々なことが最悪になった。
誰も見舞いに来てくれなかった。
そして入院中のある夜、病室の窓から外を眺めている時のことだ。
俺はあることに気づいたのだ。
いや、気づいてしまったのだ。
俺がスーパードルフィーを買ったのは、『なんとなく』だからではなかった。
それは『スーパードルフィーを所持している』という恥ずかしさを誤魔化すための、無意識に定着した嘘だった。
俺は少年時代からずっと孤独で、心から信じられるものがなかった。
信じられるものを探していた。
気持ち悪いし、馬鹿みたいな話かもしれない。
それでも俺は、あのスーパードルフィーに一目ぼれした。
オタクでもなんでもなかったのに、一目ぼれした。
たくさんの人が持っている量産品だが、ただの物体かもしれないが、俺は彼女を信じた。
救われていたんだと思う。
その証拠に、彼女が届いた日から俺の笑う回数は増えたはずだ。
髪をとかしている時、なんとなく眺めている時、俺は確かに満たされていたのだ。
通勤前のツラい朝、帰宅後のイライラしている時、あいつは黙って立っていた。
俺の傍にいてくれた。
色々なことが上手くいかなかったのではない。
色々なことが上手くいかない『程度』に抑えていてくれたのだ。
病室でアホみたいに涙を流すこの俺の姿が、きっと本来のものだったのだ。
俺は気づかないうちに守られていた。
支えられていた。
この涙は喪失感だった。
退院した当日、俺は松葉杖をついて中古ショップへ行った。
そいつはショーケースの中に立てかけられていた。
それも乱暴に。
関節も変に曲げられて、無理な格好をさせられて、髪もほつれてぼさぼさだった。
申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
人のいる場所で泣きそうになった。
目を腫らしてスーパードルフィーを購入する俺は、変人以外の何者でもなかっただろう。
家に帰るなり、俺は彼女の髪をとかしてやることにした。
一人のはずなのに、なんだか気持ちがギクシャクした。
でも心は満たされていた。
休暇が残っていたから、木材を買ってきて椅子を作ってやった。
許してもらえるか分からないが、奮発してドレスも買った。
来週に発送される予定だ。
それが届いたら着せてやろうと思う。
ケーキを買って、ワインも買って、盛大に騒いでやろうと思う。
騒ぐのはもちろん俺一人だけだ。
とても気持ち悪い光景になるかもしれない。
それでも、きっと彼女は笑顔で傍にいてくれるのだ。
(終)
はんにんは ゆうじん
という程度に怪しいんだが、この友人。部屋行って相手の趣味にあやつけられる程度の間柄で、見舞いにすら行かんのかよ。