ゴコクサンと呼ばれる小さな山にて
これは、俺が小学生だった頃にあった話。
俺の地元には、子供たちが『ゴコクサン』と呼んでいる小さな山があった。
ゴコクサンの山頂は、ちょいちょい山火事があるせいで高い木が一本もなく、だだっ広い草原になっていた。
大人の目が届かない、とんでもなく広い場所だから、そこは子供たちの格好の遊び場だった。
「捕まえようぜ!」
山頂の草原の端っこの方には、馬鹿でかい岩があった。
岩のてっぺんには『五穀神社』と書かれた小さな祠が建てられていて、中にはサッカーボールより一回り小さいくらいの雫の形をした石が祭ってあった。
それは風化してボロボロだったけれど、丸いニコニコ顔の、稲穂のようなものを持った神様の像だった。
俺たちはそれを『ゴコクさん』と呼んで、岩登りをして遊んだついでなどに、拝んだり五円玉を供えたりしていた。
そのゴコクさんが居る山だから、俺たちは山そのものをゴコクサンと呼んでいた。
もちろん、地図の上では全く別の名前だ。
ゴコクサンで遊ぶ子供たちの間では、『登り降りの途中、山道から外れてはいけない』というルールがあった。
それは、親や先生に言われたからではなく、みんながみんな何となく知っていることだった。
実際、山頂までの道の両脇は、大人でも迷子になるくらい雑木が茂っていたので、迂闊に入り込めばかなり危険なことは子供でも理解できた。
それでも、子供の場合はテンションが上がると大事なことをすぽーんと忘れてしまうことがある。
俺と友達の合わせて四人で、いつものように山道を登っていた時がまさにそれだった。
山道を登り始めて三十分。
山の中腹あたりで、道の脇の藪がガサガサと音を立てた。
猿か、それとも猪かと俺たちが身構えると、藪から出てきたのはキジだった。
滅多に見ない生き物だったので、俺たちのテンションは最高潮に。
誰かが「捕まえようぜ!」と言った途端、俺たちはキジを追いかけて雑木林に突入していた。
俺はあっという間にキジを見失ったけれど、「いた、こっち!」や、「うわ、逃がした!」という声が方々から聞こえてくるので、獲物を追い詰めているという妙な確信があった。
しかも、声はどんどん近付いてくる。
つまり、キジも近くにいるはずだ、と。
そうやって声に振り回され、かなりの時間を走り回ってから、俺はふと妙な感じを覚えた。
山に入ったのは俺も含めて四人。
なのに、どうして四方八方から声がするのだ?と。
しかも、どれもこれも聞き覚えはあるのに、誰の声だか分からない。
少なくとも、一緒に山に入った友達の声ではなかった。
何かがおかしいと思った途端、俺は急に怖くなり、大声で友達に呼びかけた。
「おーい!おーい!」と林の中に向かって叫ぶ。
しかし、友達からの返事はない。
その代わり、そこらじゅうからあのよく分からない声がザワザワと聞こえてくる。
お祭りの時のように、かなりの数の人がいる雰囲気なんだけれど、声の主は全く見えない。
これはもう、何か奇怪なことが起こっているに違いないから神様に頼るしかないと思った俺は、ゴコクさんへ向かうことにした。
今いる場所は全く見当もつかないけれど、とりあえず登って行けば山頂の草原に出るはずだ。
返事は期待せずに、とりあえず林の中に向かって「ゴコクさんとこ行っとくぞー!」と叫ぶ。
途端、声がぴたっと止んだ。
こちらのやることに反応があると、余計に怖い。
俺は急いで山を登った。
どうにか山頂にたどり着き、岩を登ってゴコクサンのところへ行くと、友達三人がすでにそこにいた。
三人とも俺と同じように声に振り回されて迷子になり、最後はゴコクさんに頼ろうと思い至ったらしい。
とりあえず今日はもう帰ろうということになったけれど、帰り道にまた何かあると怖いので、ゴコクさんに供えてあった五円玉をお守りとして貰うことにした。
でも、タダで持っていくのは申し訳ないからと、代わりにみんなで十円玉を供えた。
お守りが効いたのか、そもそも怪奇現象など最初からなくて、あれは俺たちの気の迷いだったのか、帰りは拍子抜けするくらい何事もなかった。
「なあ、最初に『捕まえようぜ!』って言ったの誰?」
友達の一人がぽつりと言った。
俺たちは顔を見合わせて、「俺じゃない」、「俺も違う」と言い合った。
よくよく思い返してみると、あの声は誰の声でもなかった。
もしかすると、何者かが最初から俺たちを道から外そうとしていた?
そして、別の友達が言った。
「捕まえようって、キジのことだったのかな?」
(終)