地元の山を縦走していると出くわす廃火葬場
あなたは『廃火葬場』を見たことがあるでしょうか?
今では覚えている人もあまりいないのでしょうが、私が住んでいた田舎では、昔は村落ごとに小さな火葬場がありました。
火葬場といっても小さな納屋くらいの大きさで、石造りの小屋です。
中を覗くと、床に人一人を寝かせられるくらいの溝が掘ってあり、亡骸をそこに寝かせて焼いたのだそうです。
高い煙突などは無かったので、使用した時には肉の焼ける匂いなどが凄かったと思われます。
そのような小さな火葬場は、人里を外れて山の中に入った所に建てられることが多かったそうです。
様子が違った廃火葬場
私は山歩きが好きなのですが、地元の山を縦走している時に何度かそういう廃火葬場に出くわしたことがあります。
最初に見た時には全く何の廃墟か分からなかったのですが、それでも嫌な雰囲気をひしひしと感じさせる気持ちの悪い場所でした。
どの場所も使われなくなって久しいようで、草や蔦に覆われていましたが、人を焼く時には油脂分が物凄く出るのだろうな、と何となく実感できるような有様でした。
これは、そんな場所に迷い込んでしまった人の体験談です。
私の友人にK君という山歩き仲間がいました。
山歩きといっても、彼の場合は日帰りもしくは一泊程度の簡単な山にしか登らず、登山コースを外れることも滅多にありませんでした。
模範的かつライトな登山愛好家だったわけです。
そのK君が一人でとある山系に分け入ったのは、もう5~6年前の5月頃でした。
新緑を楽しみに一泊する予定だったとか。
しかし、なぜかそう難しい山でもないのに彼は道を読み間違え、目指していた尾根とは別の尾根筋に登ってしまいました。
ただ時間はたっぷりと取ってあったので、慌てずのんびりと、その夜の野営地と思われる方向へ歩を向けたんだそうです。
しばらく道無き道を進んでいたのですが、ふと行く手の途中に小さな小屋が姿を現しました。
近づくまでもなく、ピーンと来たそうです。
彼もまた、何度もそんな廃火葬場を見つけたことがあったのでした。
しかし、その小屋は少しばかり様子が違っていたそうです。
普通の火葬場よりも妙に細長かったとか。
その変な形を見ているうちに、他の疑問も浮かんできました。
おかしい。
いくら人里から遠ざけるといっても、ここはちょっと山奥過ぎる。
気持ち悪かったのですが、好奇心に負けてそっと中を覗いてみました。
やはり廃火葬場でした。
床に一列の溝が掘られています。
しかし、やはりどこか奇妙なのです。
その溝は、幅は人が二人入れるほどに広く、そして長さは優に6メートルはあったのです。
ここで一体、誰がどんな人を焼いていたんだろう?
そこまで考えて、K君は急に恐怖に襲われたんだそうです。
必死でその場所を飛び出し、少しでも道の広い方に向かって小走りで逃げ出しました。
かなり焦っていたのと、地図を見る余裕が全くなかったせいでもあるのでしょう。
もう完全に道に迷ってしまいました。
あれだけ余裕のあった時間が、あっという間に浪費されていきます。
日が沈み出すと、没するのは早いものです。
だんだん辺りが暗くなってくると、もう気が気でありません。
どうしよう、どうしよう?
焦りまくっていると、ようやく見覚えのある沢にたどり着きました。
安堵のあまり座り込んで後ろを振り返ると、そこに道はもう確認できません。
自分がどこをどう通ってきたのかも、すでに分からなかったそうです。
幸いなことに、野営地には他のキャンパーが数名いました。
K君は自分が見たものの話をしましたが、誰もその山に廃火葬場があるという話は聞いたことがない、ということでした。
変な話を暗くなってするな、と嫌な顔をされたそうです。
無理もない。
私も聞いたことがないですが、ひょっとしたら何か集落でも、その昔その山にあったのかもしれません。
長い溝穴も掘ったのも、何か理由があったのかもしれません。
しかし、やはり奇妙で不思議な出来事だと思います。
この後日、別の友人がK君と私にヤツカハギなる妖しの昔話を教えてくれました。
ただ、妖怪変化が絡んでくるのも違うような・・・。
それに、ヤツカハギが中国地方にもいたのでしょうか。
場所的には中国と近畿の境目の方なのですが。
ちなみにK君は現在、山歩きは止めてしまっています。
仕事で、かつての山仲間が散り散りになってしまったのが主たる原因ですが、この出来事の後でどうやら別の廃火葬場で恐ろしい目に遭ったらしく、「もう一人では登らん!」と言っていました。
以上、山の廃火葬場の怪でした。
あとがき
ヤツカハギというのは、ものの本によると『八束脛』という字を当てるそうです。
文字通り、大人の手で八握り出来るほど長い脛を持った物の怪なんだそうです。
昔話自体は兵糧攻めにされて飢え死にしたりとか、怖いというよりは可哀相なお話でした。
これで判断する限り、巨人というほど大きくないようです。
ひょっとしたら、土蜘蛛と呼ばれた物の怪とどこかで繋がっているのかもしれません。
しかし、火葬の習慣が出来たのはそう昔のことではないと思うので、ヤツカハギがいたとしても遺体を焼いていたというのはないでしょう。
おそらく、日本独特のファンタジーでしょうか。
想像すると何か楽しいですね。
(終)