村の見える山の中腹で野営中に
これは、先輩がある山に入った時の話。
麓の村まで後少しという所だったが、先輩たちは人里が嫌いで、村の見える山の中腹で野営することにした。
そこには手頃な大きさの『平らな岩が2つ』並んでいたので、そこで夕食の準備と夕食をとる。
片づけも済ませて「さて寝るか」となり、その岩の間にテントを張った。
テントの脇には獣道のような山道が通っていた。
あの世とこの世の境目
深夜、ふと目が覚めると、山の下の方から“話し声”のようなものが近づいてくる。
「ん?」と思っていると、今度は山の上の方から“錫杖の音”が複数する。※錫杖(しゃくじょう)とは、遊行僧が携帯する道具の一つである杖。
先輩は、「これはヤバイ!」と仲間を起こしてテントの中で震えていると、山の上からも下からも、音と提灯のような明かりが迫ってくる。
そしてとうとう「もうダメだ!」と思った瞬間、テントの窓がザッと開かれた。
そこには、60代くらいの初老の男性の顔があった。
すると、その男性が「こんなとこで何しとるね?ん?」と言う。
驚いたが、普通の人間だった。
脱力しながら外に出ると、行列が表で止まっているのが見えた。
ただ、全員が額には三角巾の紙を当てており、黒い喪服姿だった。
「なんだこりゃ!?」と思っていると、その列の先頭には4人ほどで担がれた、今は見なくなった座棺という土葬用の棺桶がぶら下がっていた。
あとがき
夜中の葬列であった。
その地方では、不浄を嫌って深夜に死者を葬ってしまい、葬儀はその次の昼間に行うとのこと。
しかも、先輩たちが寝ていたその奥には土葬専用の墓所がある。
そして先輩たちが寝ていた場所は、言わば『あの世とこの世の境目』だったらしい。
棺桶は数人だけで担がれて、その墓所まで送られ埋められる。
仕方なく先輩たちは麓の村で寝ることになったのだが、山の上から聞こえた錫杖の音は何だったのか?と村人に聞くと、「そりゃあんた、あの世からのお迎えだよ。わしらがもう少し遅かったら・・・」と。
翌日、先輩たちはその村の鎮守の神様の社にお詫びをして、村を後にした。
場所は何処なのかは教えてもらえなかったが、まだそういう風習は残っているのだろうか。
補足
そこは山間の小さな土地の小さな村だったらしく、土葬する場所が一杯にならないように、土葬用の墓所と、墓石のある墓地を別にしてあるそうな。
なので、実際に埋める方の場所は古い場所の上からまた掘って、その土中にある遺骨を小さな箱に入れてから新しい棺の下に埋め直す、と先輩たちは教えてもらったという。
先輩たちが夕食の準備したり夕食を食べた平らな岩は、ちょうど座棺が置ける大きさになっており、下手は現世で上手は来世だそう。
下手から親族が上手の岩に置き直して、そこで最後のお別れになる。
その後は、選ばれた親族以外の人達の手で埋葬に向かうという。
いわば、先輩たちの居た場所は、さながら『三途の川』か。
ある意味では墓所よりも怖い。
※両墓制(りょうぼせい)|参考
遺体の埋葬地と墓参のための地を分ける日本の墓制習俗の一つである。遺体を埋葬する墓地と詣いるための墓地を一つずつ作る葬制で、一故人に対し二つの墓を作ることから両墓制と呼ばれる。(Wikipediaより引用)
(終)