作業後は決して振り返ってはならない
これは、ある場所で言い伝えられている話。
秋が深まると、雪が本格的に積もる前に踏み板を取り外す橋がある。
雪の重みによる破損や、雪崩の影響を最小限に抑えるための措置で、海外でも日本でも、ごく普通に行われる山の冬支度だ。
数人の作業員がチームを組み、山奥の橋から順番に板を外しながら下山するが、板を外し終わり、橋に背を向けて歩き始めたら、決して振り返ってはならない山がある。
もし振り返ると、対岸に大きな真っ白なオオカミが立っている事があるそうだが、これは幸運の印らしい。
山の神らしきものが見える、ともいう。
途方もなく大きな葉を頭から被り、ゆったりと風に吹かれるように笑顔で立っている姿は、何とも愛嬌があるらしい。
それについては、見て幸運なのか不運なのか、聞いたはずだが忘れてしまった。
また、対岸に多くの亡者が現れ、板を外された橋を前に立ち往生する姿が見える事もある。
男も女もいるし、子供から老人まで、多くの亡者で狭い山道が埋め尽くされる。
そして、『決して振り返ってはならない』という言い伝えが生まれた直接の原因が、これだ。
姿を見られてしまうと、亡者は谷を越えてやってきて作業員を取り囲み、甘い言葉や色仕掛けで誘い、とどのつまり亡者の仲間入りをさせてしまう。
結局、「何が見えるか予測できない以上、振り返るべきではない」と誰かが言い出し、それが定着したという。
今年の冬もまた、いくつかの橋から踏み板を取り外す作業が行われる。
(終)