山背に飲み込まれるとあの世の声を聞く
これは、ある地域での言い伝えにまつわる不思議な話。
東北の太平洋地域には、『山背(やませ)』という気候区分がある。
それは、夏に太平洋の洋上の冷湿な気団が内陸地方にやってくる現象を指す。
この山背が内陸にやってくると、山にあたって冷やされ、物凄い霧の塊になるのだが、俺は「山背が来たら可能な限り山背に飲まれないように逃げろ」と教えられた。
なぜなら山背の中に入ると、この世とあの世の境目があやふやになるから逃げろ、と。
うっかりこれに飲み込まれると、あの世の声を聞くというので、本当にこの地域の人は嫌がる。
実際に複数人から山背に飲まれた話を聞いたが、「大勢の人の声が聞こえた」とか、「泣き叫びながら人の名前を呼ぶ声を聞いた」とか、はたまた「宴会中のガヤガヤという人々の話し声やガチャガチャという茶碗が擦れあう音を聞いた」という人も多くいる。
山背に飲まれると、あの世に片足を突っ込んでしまうらしい。
山背に飲まれると、腕を伸ばしただけで自分の手のひらが見えなくなるぐらい深い霧に飲まれるらしいので、そういうことが起こるのかもしれない。
(終)