幽霊って本当にいるの?「いるさ」。
これは、『幽霊の存在』にまつわる話。
山寺での修行中、僧侶たちの多くは変な体験をしたり見たりするという。
私が子供の頃、近くの寺に一人のお坊さんが住んでいた。
子供好きで、話し上手。
また、檀家の誰もがこのお坊さんのことを尊敬していた。
人相は悪いが、そこにいるだけで有り難いと思えるようなお坊さんだった。
それはある年の夏休みのこと。
近所の友達の健太(仮名)と寺の境内で遊んでいると、そのお坊さんがスイカをご馳走してくれた。
お坊さんと私と健太の三人で縁側に座り、セミの声を聞きながら他愛もない話をしていた時、健太が「幽霊って本当にいるの?」なんて質問をした。
「いるさ」
お坊さんはあっさりそう答えた。
そんなものいるはずないと声を張り上げる健太と私に、お坊さんは今夜泊まりに来るよう誘った。
両親に寺に泊まる許可をもらった私と健太は、ワクワクしながら夕飯を食べ、暗くなってから寺を訪ねた。
すると、お坊さんは麦茶を一杯飲ませてくれた後、私たちを本堂へ連れて行った。
「これから夜の御勤めの読経をするから、そこに正座して静かにしてなさい」
お坊さんはそう言って、真剣な顔になった。
私たちはお坊さんの後ろに並んで座り、嫌々ながら読経に付き合わされるハメに・・・。
子供にとってそれは恐ろしく退屈で、足の痺れる苦痛な時間だった。
けれど、悪ふざけをするわけにはいかない。
このお坊さん、子供好きで優しいが、悪いことをすると容赦なく叱るのだ。
それを身にしみて知っていた私たちは、黙ってお経が終わるのを待つしかなかった。
そして、読経が始まってしばらく経った時だった。
本堂の入り口、つまり私と健太のすぐ後ろで物音がした。
何の音だろうと耳を澄ましていると、どうも人の足音のように聞こえる。
しかも、靴の中にたっぷり水を入れたまま歩いているような、グチョッ・・・グチョッ・・・という足音。
それと、誰かにジッと見られているような嫌な感覚。
思わず背筋がゾッとして健太の方を見ると、彼も同じものを感じたように私を見ていた。
「おしょうさん・・・」
助けを求めるように、私たちは小声でお坊さんを呼んだ。
けれど、お坊さんは左手をちょっと上げて私たちを制した。
そのまま大人しくしていろ、そう合図しているようだった。
読経の間中、その不気味な足音と視線は続いた。
これからどうなってしまうんだろう。
私たちは不安になり、半べそ状態だった。
やがてお経が終わると、正体不明な音も視線も消えた。
私たちは緊張の糸が切れた勢いで、お坊さんにしがみ付いた。
お坊さんいわく、夜に御勤めの読経をしていると、成仏できない仏様がたまにやって来るのだという。
今夜来たのは、おそらく3年前に近くの川で身投げした身元不明の女の人。
毎年、同じ月日の同じ時間にやって来るそうで。
「幽霊がいるかいないかはわからない。信じる人も信じない人もいる。だけどね、こういう奇妙な体験をしてしまうと、お坊さんを続けなくちゃいけないと思うね」
お坊さんは静かにそう言った。
(終)