懸命な身振りで停車を促す男
これは、知人の古川夫妻の話。※仮名
彼らが独身の頃、“ドライブ中の山道で懸命な身振りで停車を促す男性に会った”という。
車通りの少ない山の中、トラブルなら放っておけない。
二人は同意のもと、車を止めた。
バッテリー切れらしく、助けてあげると何度も礼を言って立ち去った。
二人は少し休憩をして出発したのだが、しばらく走ると同じ男性がまた停車を促していた。
何だろう?と話しつつ停車すると、済まなそうに話かけられた。
「すみません、バッテリーが…」
古川氏は驚いたが、先程の処置が不十分だったのだと思い、再び快く充電した。
「いや~助かりました」
何度も礼を言う男性を、二人は無言で見送った。
処置ミスという考えは完全に消えていた。
なぜなら、男性の表情や言動の全てがVTRのように同じだったから。
二人は互いに幽霊?と思ったそうだが、相手も同じ考えだと手に取るようにわかり、あえて口にしなかった。
「変なイタズラだな」
古川氏がぎこちなく笑うと、夫人は冗談ぽくではあるが、「次は止まらないでね」と釘をさした。
緊迫と和やかさの交じった空気は、車を走らせた15分後には恐怖に変わった。
全く同じ動作で停車を促す男性の姿が見えたから。
唯一違ったのは、二人が車を止めなかったことだけだった。
(終)