縁切りを神様の力に頼った結果

縁切り

 

これは、『縁切り』にまつわる友人の体験話。

 

彼女はかつて、質(たち)の悪い男に付きまとわれていた。

 

結婚まで考えた相手だったが、同棲し始めた途端、暴力を振るうようになったのだ。

 

別れようと口にすると、その度に涙を流して「もう殴らない」と謝ってくるのだが、しばらく経つと元の木阿弥(もとのもくあみ)、いやそれどころか暴力の度合いがどんどん酷くなっていったのだと。

 

堪らず、母方の祖父を頼って山奥の寒村に逃げ込んだという。

 

祖父は何も聞かずに受け入れてくれたが、彼女の様子に思うところがあったのか、非常に変わったことを言い出した。

 

「ここの奥山にな、縁切りの神様があると言われとる。御力をお借りするか?まあ単なる言い伝えだからなぁ。よくない話も聞いとるし、やらん方がええかもしれんが」

 

「神様ですって?」

 

彼女はかなりのリアリストだ。※リアリスト=現実主義者

 

普段なら、そういうモノに頼る気など欠片も起こさなかったに違いない。

 

しかし、その時は酷く思い詰めていた。

 

信じてもいない神に縋(すが)るくらいに。

 

詳しい話をせがんだところ、祖父は次のようなことを教えてくれた。

 

「一人でずっと山の奥、そう、御柱様のおられる所まで行かねばならん。縁切りを強く願う者がそこに行くと、一本の変わった大木に出会うと言うんだ。枝という枝が至る所で溶け合っているような、異様な外見らしい。

 

縁切りを望む者には、すぐにそれとわかると聞くがな。御柱様の方から姿を現されるのかもしれん」

 

一旦口を湿らせてから、祖父は続けた。

 

「そこで縁切りしたい名を口にしてから、枝を一本だけ切り離すんだ。その木はただの木じゃない。御柱様、つまり山の神様の化身なんだ。

 

そして神様の前に立った人間の、この世におけるすべての縁故が絡み合った枝振りになって現れてるっていうんだよ。だから枝を切ってやれば、それに対応する縁が切れるんだと。

 

枝を触ると、どこの枝がどの縁に当たるのか、当人にはわかるって話だ。だがな、ついうっかり間違って必要な枝まで切っちまう奴も多いってよ。教えといてなんだが、行かない方がええと思うぞ」

 

少し悩んでから、彼女は神様にお願いすることに決めた。

 

一人で山奥の聞いた場所まで踏み込むと、教えられた怪しい祝詞を口にしてから辺りを探し始める。

 

ろくに道も付いていない、昼でも薄暗い山奥の、さらに深い森だ。

 

よくそんな所まで出向く気になったねと私が言うと、彼女は答えた。

 

「その時はね、それしかないって思い込んでたの。お陰で肌が傷だらけになったよ」

 

その時の彼女は何かに憑かれていたのかもしれない。

 

普段の冷静な彼女を知っている者としては、ついそんなことを考えてしまう。

 

程なくして、首尾よくその木を見つけたのだという。

 

祖父に聞いていた通り、パッと見た瞬間に「これが縁切りの木だ!」とわかった。

 

リアリストの彼女には珍しく、なぜかそう確信できた。

 

理由はわからない。

 

数え切れない枝と枝が色んな箇所で溶けてくっ付いているような、異様な外観。

 

とても抱えきれない太い幹の表面にも、沢山の枝が這って溶け込んでいる。

 

携えた御神酒を捧げ、あの男の名前を呼んでから鉈を振り上げた。

 

しかし、男との縁がどの枝であるのか、それがいくら触ってみてもわからない。

 

「ええい、ままよ」※ままよ=なるようになれ

 

心を決めると、何本か枝をまとめて切ってみた。

 

「あっ」

 

切った瞬間、何かが自分と関係なくなったことがわかった。

 

そんな気がした。

 

果たして一体、何と自分の縁が切れたのか、それはやはりわからなかったが。

 

やり遂げたという達成感と得体の知れない不安感を抱えながら帰途に着いた。

 

結論から言うと、男との縁はすっぱり切れたのだという。

 

「うん、もうこれ以上はないって、誰が見ても明らかに切れちゃった。詳しくは聞かないで。でもね、私あの時、切っちゃいけないものまで切っちゃったみたい」

 

そう話してくれながら、彼女は寂しい顔をした。

 

しかし一体、何の縁を切ってしまったのかはどうしても教えてくれなかった。

 

ふと気になって問うてみる。

 

「他の誰かがその神様のことを尋ねてきたら、どうアドバイスする?」

 

「縁を切るのに神様の力を使っちゃダメ!」

 

きっぱりとそう言い切られた。

 

生真面目な顔を見ていると、それ以上この話題は続けられなかった。

 

(終)

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