その存在を目視・無視・挑発してはならない
これは、祖父が体験した怪異話。
山で仕事をしていると、何処からともなくカラスの鳴き声を極端に低くしたような鳴き声で近付いて来る存在がいたそうで。
鳴く、数歩近付いて来る、鳴く、数歩近付いて来る…という感じで、ゆっくりと目の前までソレは来る。
地元では、『その存在を目視、無視、挑発するような行為はしないこと』と言い聞かされていた。
目の前に来るまでは決して目を開けてはダメで、動いてもダメ。
必ず目の前に来るのを待ち、鳴き止んでから「通して下さい」とお願いをする。
すると必ず返事がくるが、それに対して返事をしてはダメで、立ち去るのを待つ。
最初は恐怖心からちゃんと守っていたが、数十回も経験するとすっかり慣れてしまい、好奇心が芽生え始める。
ある時、いつものようにその存在が目の前まで近付いて来た時に、“目を開けてしまった”。
そこは真っ暗な世界、ただただ真っ暗。
朝の山のはずなのに真っ暗で何も見えず、怖くて動けずにいると「見えた」と言われ、その瞬間に視界が戻った。
だが、その日から約一ヶ月間は地獄だった。
夜中に誰かが戸を開けて近付いて来る夢で目が覚める、一晩に何回も何回も同じ夢で目が覚める、恐怖から眠れずにいると戸を開けて誰かが近付いて来て目が覚める…。
今が夢か現実かわからなくなり、精神的にも肉体的にも限界を迎えた時に、なぜかそれらの怪異がピタッと止んだ。
それからはきちんと決まりを守るようになったと、笑いながら話してくれた。
ちなみに祖母も同じような体験をしていて、鳴き声はなく足音だけ近付いて来るので決して相手をしてはダメ、という決まりだったそうで。
同じ存在なのかは不明だが、“何か”は確実にいたという。
(終)