もしあのまま発進していたら
これは、ある峠で奇妙な体験をした話。
実家から1時間ほど離れた所に、『首切峠』という所がある。
通称ではなく、標識にもそう書かれてある実在する峠。
こんな名称の場所だけに、もちろん地元では心霊スポットとなっている。
でも実際は名前だけが一人歩きしているような場所で、丘というくらいの小さな峠だ。
当時は仕事場が近くにあって、私はここをよく通っていた。
ある日、残業で遅くなり、深夜2時頃にその峠を通ることになった。
いつもは夕方6時や7時頃に通っていたので、普段とは違う雰囲気に、少し怖さを感じていた。
やっぱり峠の名前も意味ありげで、深夜ということもあって余計に緊張していた。
でも前述の通り小さな峠なので、すぐ通り過ぎるからいいやと思ったのだ。
しかし、その日は違った。
峠の少し前で、工事中の現場に引っ掛かった。
無人で赤信号になる、あれだ。
そして、こちら側が赤信号だったので待っていた。
しかし、大抵は2分ほどで信号が変わるはずなのに、一向に変わらない。
早く帰りたかった私は、こんな時間だし対向車なんて来ねぇよなと思い、発進しようとした。
次の瞬間、車のガラスをコンコンと叩かれた。
そこにはサラリーマン風の男がいた。
ビックリしたが一応落ち着いた風に装い、窓を開けた。
「何ですか?」と問う。
「初対面の人に言うのは失礼だとは思いますが、×××××」と男の返答。
“×××××”の部分の言葉は聞こえなかった。
なぜなら、その瞬間に大型トラックが通って行ったからだ。
私は肝を冷やした。
もしあのまま発進していたら、トラックと正面衝突していたかもしれない…と。
ふと我に返ると、男はもういなかった。
結局、彼が何を言ったのか、そもそも何者なのか?は何一つわからなかったが、私はそれ以来、その道は通れなくなってしまった。
当時の仕事を辞めるまで、遠回りでも違う道を通るようになった。
そして、今でも『首切峠』は通れない。
(終)