うちの店は出るって言ってたでしょ

酒

 

これは、新宿の某飲み屋での話。

 

ここ二年くらい、俺は通っている飲み屋がある。

 

低い天井にカウンターと小さなテーブル二つだけの小体な店。

 

某有名芸能人がオーナーらしく、たまに芸能人がちょこちょこ飲んでいる。

 

その店を一人で切り盛りしているバーテンはゲイなのだが、いわゆるゲイバーではない。

 

そんな店で、俺ともう一人の常連の竹さんとで飲んでいた日のこと。

 

バーテンの彼と俺ら二人、店にはもう一人の見たことがない初見の客の四人だけだった。

 

外はかなり強めの雨が降っていたせいか、このまま閉店かな…という感じの午前二時過ぎ。

 

俺ら常連二人で最近見た映画の話から掘り下がって好きな映画の話をしていると、「あー、俺もその映画好きなんですよー」と初見のお客さんが加わってきた。

 

酔っ払っていた我々はようこそ状態で、三人で喧々諤々。※喧々諤々(けんけんがくがく)=大勢の人がくちぐちに意見を言って騒がしいさま

 

三人とも昭和時代の邦画ファンで、ヤクザ映画から金田一、角川映画に男はつらいよと大いに盛り上がった。

 

散々話してゲラゲラ笑ってしばらく、「はぁ~」っと一息ついて俺はトイレへと立った。

 

トイレから戻って時間を見ると、四時も近い。

 

「じゃあ、そろそろお開きにしようか」となった。

 

竹ちゃんは出来上がっているし、さっきまで話していた初見さんも帰ったのか姿がない。

 

「洋ちゃん(バーテンさん)、じゃあ俺らもお勘定お願い」と、竹さんを抱えて席を立った。

 

お勘定のやり取りの後に傘を取ろうとしたら、「あんた達ちょっと待って!さっき山城さんとお話してたでしょ?塩振っちゃうからちょっと待ってて」と言って、俺たちの後ろ姿に向かって塩を振りだした。

 

「なに?洋ちゃん。さっきの人のこと嫌いなの?来てほしくないみたいな?」

 

俺がニヤニヤしながら聞くと、「バカね~、何言ってんの。あたしが山城さんに一回でもサーブしたところ見た?あの人、生身じゃないから」と、ゲラゲラ笑って言う。※サーブ=食事や飲み物を出すこと

 

さらに、「ちゃんと祓っとかないとお家まで着いてっちゃうよ!」との追撃。

 

俺は凍りついた…。

 

「えっ!?さっきの人ってお化け?」

 

「そうよ。あの人がいつから居て、いつ帰ったとか覚えてもないでしょう?」

 

言われてみれば、確かにそうだ。

 

彼が座っていたカウンター端の席は、洋ちゃんが片付けたわけでもないのにグラスもドリンクのセットもきれいになくなっている。

 

口があわあわしていた俺、水を一杯もらって飲み干した。

 

呼吸を整え、気を取り直して、「ねぇ、山城さん?って誰なの?」と聞いた。

 

「元々はうちのオーナーの関係の人だったんだけど、別れ話が拗れてここのトイレで吊っちゃってさ。雨の日はたまーに出てくるのよ。暇な日限定なんだけど」

 

「二年通ってたけど、そんなこと知らんかったわ」

 

「そうね、まあ一年に一度とかしか出ないし。でもうち出るって言ってたでしょ?あの人がそう」

 

「いつの間に消えたの?」

 

「あんたがトイレ行った時に山城さんもあんたに付いてって。んで帰って来たのはあんた一人だったから、その時じゃない?」

 

ええ…俺、一緒にトイレに入ったんだ…あの半畳一間みたいな空間に…。

 

朝四時を回ったが、梅雨空のせいかドアのすりガラスの外はまだ薄暗い。

 

「あと一時間くらい居ていい?明るくなってから帰りたい…」

 

雨宿りがてら、空が明るくなるのを待って帰った。

 

ただ、腑に落ちないというか不可解だったのは、幽霊はグラスやアイスバケツも小道具として出せるの?と。

 

いやもっと不可解だったのは、洋ちゃんが俺らの肩に向かって振っていたのは、青いキャップの味塩だったということだ。

 

あれで果たして祓えたのだろうか…。

 

とりあえず今のところ、うちに山城さんは来ていないと思う。

 

(終)

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