お寺の本堂に泊まった夜のこと
これは、あるお寺に泊まった時の話。
俺は若い頃にバンドをやっていた。
ある時、メンバーらと「合宿に行こうぜ!」なり、そこでアレンジまで含めた楽曲を最低3曲は作ろうという夏の計画を立てた。
でも、俺らには絶望的にお金が無かった…。
スタジオ付きの宿は、かかる費用が高すぎる。
条件に合うスタジオが見つかったのは、夏も終りに差し掛かった頃だった。
そこはスタジオというより地方の“お寺が趣味で作った施設”で、お寺の中にある蔵のような所を改造した場所だった。
就寝時は本堂の空き部屋を用意していただけた。
食事は精進料理かなと思ったが、お寺の奥さんが毎日「何を食べたい?」と聞いてくれるので、俺らは遠慮もせず「トンカツ!」、「唐揚げ!」、「メンチカツ!」と揚げ物のオンパレードをオーダーする。
その度に奥さんは毎回クスクス笑いながら、一生懸命に作ってくれた。
ちなみに、そんな心優しい奥さんは大の猫好き。
本当に色々とお世話をしてくれ、とても有難かった。
さて、本題に入る。
俺らは初日の練習と制作を終え、奥さんにわがまま放題の食事をオーダーし、さらには住職にビールまで頂き、至福の気分で床に就いた。
寝床として用意された本堂の空き部屋は、廊下が建物をぐるりと回る作りになっていた。
深夜、妙な足音で目を覚ます。
「ダダッタタタ…ダダッタタタ…」
廊下を走り回る、喧(やかま)しい足音で目を覚ました。
ボーカル担当の奴が「ん?」と呟きながら廊下を見ても、辺りには誰も居ない。
しかし、足音は近づいては遠ざかるを繰り返す。
俺らは一瞬にして血の気が引いた。
「おい…、これってまさか霊ってやつか?」
布団を頭から被り、皆が「マジか?!」と言い合いながら、その夜は全く寝れないまま朝を迎えた。
翌朝、住職に「このお寺って、もしかして幽霊って出たりしますか?」と恐る恐ると聞いてみると、「そうか、君たちは感じるタイプなんだね」と意味深なことをおっしゃった。
俺らの本心では、もう帰りたかった…。
しかし、前金でお金を納めていたこともあり、後には引けない貧乏根性の持ち主の集まりでもある。
2日目の夜も、誰も居ない廊下を走り回る足音。
眠れない夜が2日も続くと、もう気が狂いそうだった。
結局、朝を迎える頃には「もうお金は要らないからこのお寺から出ていこう」と決意を固めていた。
そして、朝食を作り終えた奥さんが、俺らを呼びに来られた。
奥さんは、いつものようにニコニコとした顔をしている。
疲弊する俺らとは裏腹に上機嫌。
思わず「どうしたんですか?」と聞いてみると、「みゃー(猫の名前)が屋根裏に住み着いていたネズミを捕ってくれたのよー」と。
これで喧しい夜がなくなることに安心した俺らはその後、ちゃんと3曲仕上げることが出来た。
(終)