私に手を振り続けるおじさん
これは、私が小1の頃から始まった話。
ピアノ教室に向かうため夕暮れの道を歩いていると、道路を挟んだ向かいの草むらにおじさんが立っていて、こちらに向かって手を振っていた。
小太りで白シャツに黒いズボン、黒縁メガネのにこやかなおじさん。
子供ながらに「なんでそんな所に?」と疑問に思いながら、手を振り返す。
別の日、私の横を通り過ぎるバスをなんとなく目で追うと、そのおじさんが一番後ろの席に座っていて、またこちらに手を振る。
私も手を振り返す。
それからも外食先や買い物中、散歩中の時も、どこにでもおじさんは現れた。
そんなことが何年か続いたが、おじさんはいつも一定の距離を保っていて、私もわざわざ近づこうとは思わず。
話す機会はなかったが、手を振り合う関係が続いていた。
ただ、友達や親といる時はなんとなく恥ずかしかったので、その時はおじさんがいても少しにっこりする程度にしていた。
小4の頃、家族で旅行に行った。
おみやげを買いに寄った先で、おじさんはいた。
相変わらず少し距離を空けて、こちらに手を振っている。
飛行機で行くような遠い所だったのに「なんで?」と少し怖くなってしまい、私は初めておじさんを無視した。
旅行から帰るといつも通りおじさんはいたが、旅行以来おじさんを怖くなってしまった私は、もう手を振り返すことはなかった。
そうして中2の頃までおじさんは手を振り続けてくれたが、気付くともう私の前に現れなくなっていた。
そんなことをすっかり忘れていた13年後の今日のこと。
洗濯物を取り込もうとアパートのベランダに出てなんとなく下を見ると、あの当時のまま歳をとらないおじさんが手を振っていた。
私は懐かしさと怖さが混ざる不思議な気持ちで手を振り返し、部屋に戻った。
俗に言う小さいおじさんでもなく、時空のおっさんでもない。
本当に普通のおじさん。
これからも私はおじさんに手を振り続けていいのだろうか…。
(終)