対岸の方から手を振ってくるもの

川原

 

8月の終わり頃。

 

一週間ほど夏休みが取れたので、

兵庫県の実家に帰省しました。

 

そんなある日、

 

叔父(父の弟)に頼まれた

簡単な仕事の手伝いを終え、

 

二人して車で帰路につきました。

 

時刻は夕方で、

 

全開にした窓からの風は、

まだまだ熱気を含んだものでしたが、

 

しかしそれは

夏の終わりを感じさせるもので、

 

なんだか切ない気持ちになったのを

よく覚えています。

 

実家付近の川原に差し掛かると、

 

ふと叔父が「寄ってみるか?」

と言いました。

 

実家から車で10分くらいの川原でしたが、

最後に来たのは小学生の頃です。

 

汗と埃を洗い落としたかったのと、

懐かしさもあり二つ返事で賛成しました。

 

その川は水量も少なく、

 

またかつては名水百選にも選ばれた

川の傍流にあたるため、

 

※傍流(ぼうりゅう)

本流から分かれた流れ。

 

その透明度は言うに及ばず、

 

つかの間の休憩をするには

うってつけの川原でした。

 

小学生の頃、

 

自由研究で川の水位を測るための

目印とした岩も残っていて、

 

ずいぶんと感慨深いものを覚えました。

 

水で顔を洗い、石切りなどしていると、

叔父が言いました。

 

「誰か来るぞ」。

 

叔父の指差す方を見やると、

 

確かに対面の岸の方からは

手を振る人影が見えます。

 

人影までそう遠くはないのですが、

 

(もや)のような霧がかかり、

影のようにしか見えません。

 

しかし手を振る人影は、

 

どうやら小舟に乗ってこちらへ

やって来ているのが分かりました。

 

人影は二人連れらしく、

 

そのうちの一人がこちらに向かって

手を振っています。

 

叔父がその人たちに気付いた時から

こちらに手を振っているため、

 

叔父の知り合いか、

もしくは何か用があるのかな、

 

と思っていました。

 

誰だろう?と、

叔父と僕は顔を見合わせました。

 

どうやら叔父も

見当がついていないようでしたが、

 

怪訝な顔つきのまま、

手を振って応えていました。

 

そろそろ靄を抜けるか、

という境まで来て、

 

まだ手を振っているのを見て

改めて誰なのか考えつつ、

 

僕はしゃがみ込んで待っていました。

 

そしていよいよ完全にその姿を

目視出来る距離まで来た時、

 

その二人の思わぬ正体に、

僕と叔父は戦慄しました。

 

※戦慄(せんりつ)

恐ろしくてからだが震えること。

 

さっきまで手を振って小舟に乗って

こちらへやって来ていた人影は、

 

二体の人形だったのです。

 

叔父と二人して、

女の子みたいな悲鳴をあげながらも、

 

その人形から目を離さずには

いられませんでした。

 

まず手を振っていた方は水色の和装で、

少年の人形のようです。

 

(一般的な雛人形を一回り大きくして

立たせたような感じ)

 

元の顔は真っ白だったのでしょうが、

雨風に長い年月さらされたような汚れがあり、

 

唇に剥がれかけた朱色の紅が

ひいてありました。

 

あと、

腰に白い刀を下げていました。

 

もう一体の方は少女の人形で、

髪が長いのと、

 

着物が薄い赤色というの以外は

少年の人形と同じで、

 

一見で対になっているのが分かりました。

 

毬か道具箱か、

 

何かを抱えていたような気がしますが

定かではありません。

 

また、小舟と思っていたのは、

長方形の平たいお盆のようなものでした。

 

僕が震えながらもその姿から

目を離せないでいると、

 

叔父がこの不気味な人形たちの、

さらなる異常さに気付いて言いました。

 

「流れ逆やぞ、これ!」

 

川は僕たちから見て右上へ流れています。

 

つまり、

 

人形たちは川の流れに逆らって

こちらへやって来たのです。

 

それに気付いた僕たちは、

 

たまらず一目散に車に飛び乗り、

川原を後にしました。

 

僕は恐る恐るサイドミラーで確認すると、

二体の人形は本来流されるべき方向へ、

 

川の流れに乗ってゆっくりと

遠ざかっていきました。

 

車中で叔父と、

 

あの人形が手を振っていたのは

思い違いではない、

 

という事を確認し合い、

急いで家へと戻りました。

 

あれから不思議とあの人形たちは

夢にも出てきませんが、

 

あの一件以来、

川には近づけなくなりました。

 

(終)

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