見覚えのある顔が出張先に
3年前、
一人で青森へ出張に
行った時のことだ。
出張先は青森市郊外の
寂れた一角にある、
小さな家電販売店。
夜、打合せが終わったあと
店のオヤジと、
近所のうらぶれた居酒屋で
飲んで別れた。
かなり寒い夜で、
俺は震えながら市内の
ビジネスホテルに向かって、
寂れた街路を歩いていた。
上を自動車道路が走っている、
薄暗い高架下を歩いていた時。
向こうから俺と同じような、
くすんだコートを着た瘠せた男が。
酔っているらしく、
よろけるように歩いて来るのが見えた。
男は薄暗い中、
俺の顔をじっと見ているようだ。
俺もその顔に見覚えがある気がして、
「Nか?」と、名を呼んでみた。
Nは中学時代クラスにいた、
悪の使いっ走りのような奴だった。
万引きで警察に補導されたり、
教室での窃盗がバレて、
担任に張り飛ばされたりしていた。
彼は頷き、「○○?」と、
俺の名を言った。
何年か前に
地元の知人から、
Nは中学を卒業してすぐ
家出を繰り返し、
現在は行方不明である、
と聞いていた。
「今、何してるんだ?」
俺は聞いたが、
Nはそれには答えず、
「気分が悪い」
と呟き、いきなり
うずくまって吐いた。
俺は慌ててNの背をさすり、
どうしたものかと戸惑っていた。
Nは立ち上がると、
たまたま通りかかったタクシーを
停めて乗り込み、
「近いうちに□□に戻るので、
その時に連絡する」
と言って、
そのまま走り去ってしまった。
半年ほど経って、
地元の中学時代の知人と
再会した時に、
Nの話が出た。
知人は、Nが札幌で
キャバクラのボーイをしていて、
2年前に心臓麻痺で死んだ、
と言った。
俺は半年前に
Nと会ったことを話し、
その話自体が間違いであるか、
死んだのは最近なのではないか、
と告げた。
知人は2年前の当時に、
直接Nの親族から
死亡の話を聞いたと言う。
何とも言い難い気分で、
俺は知人と別れた。
それから2週間程した夜中に、
俺は電話で起こされた。
俺は一人暮らしで、
受話器はベッドから手を伸ばせば
届く位置にある。
闇の中、
手探りで受話器を取ると、
混線しているのか、
酷い雑音の向こうから、
途切れ途切れに
Nの声が聞こえてきた。
今、□□に着いた、
と言っているらしい。
俺は、
「よく聞こえない。
車で来たのか?」
と聞くと、
やはり酷い雑音の向こうから、
途切れ途切れの声で、
今、□□に着いた、
と繰り返した。
「よく聞こえない。
□□のどこに着いたんだ?」
と再度聞くと、
Nの声はそこで途絶えた。
何度か「もしもし」と呼んだが、
後はただ雑音が続くだけだった。
不安な気分で受話器を手探りで戻し、
闇の中で寝返りをうった。
見上げると、
ベッドの脇にNが立ち、
青ざめた顔で俺を見下ろしていた。
俺は声を出そうとしたが、
舌が引き攣って動かなかった。
足元から全身に、
何かが圧し掛かるような
重みがかかり、
身動きが出来なくなっていた。
激しい恐怖感に襲われて、
全身から汗がザアッと出た。
パニックの中、
もがこうとしているうちに、
叫び声をあげている自分に
気がついた。
Nの姿はなく、
体が動くようになっていた。
俺は部屋の電気を点け、
それからTVを点けて、
深夜番組のボリュームを上げた。
番組の内容など、
どうでも良かった。
何でもいいから、
明るい世間の気配と
繋がっていたかった。
明け方、空が白み始めて、
ようやく少し落ち着いた。
Nの死亡については、
今日まで確認していないし、
するつもりもない。
(終)