首が左右に動く雛人形たち
私が幼稚園の頃のことです。
うちは2人姉妹でしたが、
家にあった雛人形は、
段飾りの立派なものではなかった。
ガラスケースにちんまりと収まった、
雛人形セットでした。
ひな祭りの頃になると
ケースごと居間に飾られ、
時期が過ぎると棚の上に置かれる
程度のものでした。
糸のような目に
おちょぼ口。
見ようによっては
笑っているようにも見えますが、
全体的には、
むしろ無表情なものでした。
私は、雛人形には
興味もあまりなく、
ただミニチュアのような
お飾りだけを愛でていました。
ある夜中、
私はトイレに起き出しました。
トイレは居間を横切った
向こう側にあります。
つまり、行く時にはケースに
背を向けていましたが、
戻る時に、ちょうどケースの中身が
見えたのでした。
薄暗い居間のケースの中で、
雛人形が一斉に音も無く、
首を左右に振って笑っていました。
糸のような目はそのままでしたが、
おちょぼ口はニンマリと
左右に伸び、
何とも言えない邪気を
発しているようでした。
私は転げるように部屋に戻り、
布団を被って震えながら
夜を明かしました。
その後は特に
怪異もなかったのですが、
その時以来、私はひどく
人形嫌いになってしまいました。
その人形は未だに、
実家に飾ってあります。
雛人形の首がはたして
左右に揺れるものかどうか。
たぶんしっかりねじ込まれていて、
揺らすことなんか不可能なんだろう。
・・・とは思うのですが、
手に取って確かめる勇気は、
30年経った今でもありません。
(終)