いつも左隣にいる可愛い女の子
自衛隊に入隊している友人が
語ってくれた悲話である。
以前、彼はN県の駐屯地に
駐屯しており、
山岳レンジャー(特殊部隊)に
所属していた。
この話は、その上官(A氏)の
身に起こった事である。
十数年前の夕方、
付近の山中において、
航空機事故が発生した。
山岳部における事故
であったため、
直ちにA氏の部隊に
救助命令が発令された。
それは道すらない山中で、
加えて事故現場の正確な座標も
分からぬままの出動であった。
彼らが現場に到着したのは、
事故から半日以上も経った
翌朝の事だった。
彼等の必死の救出作業も空しく、
事故の生存者は
ほとんどいなかった・・・。
事故処理が一通り終了し、
彼が駐屯地に戻れたのは、
事故発生から実に1週間以上も
経っての事であった。
『辛いことは、早く忘れなければ・・・』
後味の悪い任務の終えた彼は、
駐屯地に戻るなり
部下たちを引き連れ、
行きつけのスナックヘと直行した。
「ヤッホー!ママ、久し振り!」
「あら、Aさん。お久し振り!
さあさあ、皆さんこちらへどうぞ」
彼等は奥のボックス席に腰を降ろし、
飲み始めた。
久し振りのアルコールと、
任務終了の解放感から、
彼等が我を忘れ盛上がるまで、
そう時間はかからなかった。
しばらくして、
A氏は自分の左隣の席に
誰も座らない事に気が付いた。
スナックの女の子達は
入れ替わり立ち替わり席を移動し、
部下達の接客をしている。
しかし、その中の誰一人として
彼の左隣へと来ない。
『俺もオジサンだし、
女の子に嫌われちゃったかな・・・』
少々寂しい思いで彼は、
右隣で彼の世話を妬いてくれている
スナックのママの方を向いた。
「Aさん、とても可愛らしいわね」
彼と目の合ったママが、
思いっきりの作り笑顔を浮かべ、
そう言った。
『可愛い?俺が?』
可愛いと言われ、
妙な気分になった彼は、
慌てて左隣へと視線を戻した。
誰も座っていない左隣の
テーブルの上には、
いつから置かれていたのか、
場違いなオレンジジュースの入ったグラスが
一つ置かれていた。
その日から、彼の周りに
奇妙な事が起こり始めた。
一人で食堂や喫茶店に入ると、
決まって冷水が二つ運ばれてくる。
また、どんなに混雑している
列車やバスの中でも、
彼の左隣の席は
決まって空席のままで、
誰も座ろうとしない。
極めつけは、
一人街中を歩いていると、
見知らぬ人に声を掛けられる
様になったことであった。
しかも決まって、
『まあ。可愛いですね』
と、皆が口を揃えて言うのだ。
これには、部下から
鬼だと言われている彼も、
ひと月しないうちに
参ってしまった。
ある日、彼は部下に、
自分の周りに起きている
奇妙な事実を話した。
そして、この件について、
何か知っている事は無いかと
問いただした。
すると、部下は言いにくそうに、
こう言った。
「これは、あくまでも
噂話なんですが・・・。
最近、Aさんの傍を小さな女の子が
付いて回っている・・・
のを同僚たちが見たって
言うんです」
「小さな女の子?」
「ええ、駐屯地の中でも外でも、
ずっとAさんの傍を離れずに、
付いてるらしいんです」
A氏の背中に電流が走った。
「最近って・・・。一体、
それはいつからなんだ?」
「じ、自分が見た訳ではないので・・・。
ただ皆、例の事故処理から
帰って来た頃からと・・・」
「・・・」
A氏は思い出した。
あの時、散乱する残骸の中で
彼が抱き上げた小さな遺体の事を・・・。
その後、A氏は近くのお寺へと行き、
少女の魂を手厚く供養してもらった。
以後、再び彼の周りには、
少女は現れていない。
(終)