小さい頃から一緒にいる猫の親子 2/2
そしてその年の秋、
ジジが亡くなった。
遺体は庭に植えた、
ナンテンの傍に埋めた。
※ナンテン(南天)
常緑低木。
俺は落ち込んだが、
大往生だと教えられ、
悲しまないようにした。
ザザとゾゾも居てくれた。
だがそれから2週間も経たずに、
ゾゾが死んだ。
車に撥ねられたようで、
畑の中で死んでいた。
親戚の家が持つ畑で、
傍の車道は交通量も少ない。
発見したのは、
農作業に来ていた祖母だった。
わざわざ新しい毛布に包んで
持ってきてくれた。
俺は相当ショックだったらしく、
聞かされた時は涙も出なかった。
急激に心細くなった俺はザザを呼んだが、
その晩は姿を見せてくれなかった。
その次の日の早朝、
また例の声が聞こえた。
遠くで誰かが怒鳴っている。
しかし、
その日はいつもと違い、
声が近づいてくるようだった。
俺は驚いた。
声は1階の玄関から聞こえる。
ドスン、と、
玄関から廊下に上がる音がした。
かなり乱暴な足音は、
そのまま2階に繋がる階段まで移動し、
罵声は吹き抜けから大きく響いた。
上がってくる。
ドスン。
ドスン。
一歩一歩踏み鳴らして近づいてくる
恐怖に混乱し、
俺は布団の上で固まった。
階段を登りきってすぐ左手のドアを開ければ、
俺がいるこの部屋だからだ。
逃げ場もない。
完全にパニックを起こした俺は、
声も上げることが出来ずにいた。
もう足音はすぐそこまで来ている。
怒鳴り声がまた響く。
低い男の声だった。
「なんで●●●を●さんのだや」
その瞬間、
ガタンッ!とドアが暴れ、
ドアが殴られたのだと分かった。
俺は何が起こっているのか分からず、
しかしドアの前に『ソレ』がいるため、
外にも出られない。
「なんで●●●を●さんのだや」
「なんで●●●を●さんのだや」
扉の向こうで興奮した罵声が何度も上がり、
その度にドアが割れんばかりに殴られる。
物凄い音でドアが殴りつけられているのに、
両親のどちらも起きて来ないことが
恐ろしかった。
音はやがてドスン!ドスン!と、
身体ごとぶつけるような音に変わり、
そしていきなりそれは止んだ。
ピタッと、冗談のように。
しばらくすると来た時と同じように、
どしんどしんと足音を立てて
階段を降りて行くのが分かった。
そうしてようやく、
俺はわんわん泣いた。
その後に熱を出して寝込むくらい、
わんわん泣いた。
朝っぱらからどうしたのかと、
ノックの後に母が扉を開けて
部屋の中を窺ってきた。
するとその間を縫って
ザザが部屋に入り込み、
身を摺り寄せてきた。
それに酷く安堵したことを、
今でも強く覚えている。
その月の終わりを待たずに、
俺と母は婆ちゃんの住む
母方の実家へ引っ越した。
婆ちゃんは健在で、
俺の両親が離婚することに対しては、
言葉を濁しながらも賛成だったようだ。
「やっと別れた」
とすら言っていた。
これはその婆ちゃんからの
口から聞いた話だが、
当時、俺の父親は叔父に代わり、
家業を継ぐはず筈だった。
叔父は関東の大学を出た秀才で、
向こうで会社勤めの経験があるらしかった。
それに対し、
父は名古屋の某三流大学で
キャンパスライフを楽しみ、
その先で母と出会い結婚。
突如就職すると言い出し、
家族中で揉め、
結局は独り身の叔父が呼び戻され、
家督を継いだらしい。
母は農家の嫁になるつもりはなかったが、
そんな騒動になっていたとは知らず、
田舎に越した。
俺を産んだ際、
命名を祖父にしてもらう予定だったが
頑なに突っぱねられ、
父に理由を問いただして知ったらしい。
婆ちゃんもその時に
電話でこの話を聞かされ、
以来、母と俺を案じていたそうだ。
そしてあの恐怖の朝のことを話した時、
婆ちゃんは神妙な顔で教えてくれた。
「ジジはうちの家から
連れて行った子でね。
あんたが赤ん坊の時から
引っ付いて離れなかった。
母親だろうが近づくと威嚇してね。
きっとザザとゾゾにも
よく言い聞かせてたんだね。
あんたは小さい時から、
よくないモノに恨まれやすいんだよ」
今にして思えば、
我が家で怒鳴り散らしていたのは
叔父の生霊のようなもの、
だったのでしょうか。
声がよく似ていたし、
父の実家で体験した
異様な様子を鑑みれば、
そう思えてなりません。
ただ、猫が3匹とも居た時は、
ひどく遠いもののように感じていたし、
俺が最後に出くわした出来事も、
ザザが追い払ってくれたと思えました。
そしてそのザザも、
越してすぐに姿を消し、
戻って来ませんでした。
今でもキーホルダーに付いたジジの鈴は、
俺の大切な御守りです。
(終)
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