禁断の地へ足を踏み入れた山猟 1/3

山での猟

 

これは、

俺の祖父の父が体験した話だそうです。

 

(俺にとっては曾じいちゃん)

 

頃は大正時代。

 

曾じいちゃんを、

仮に「正夫」とします。

 

正夫は狩りが趣味だったそうで、

暇さえあればよく山狩りに行き、

 

イノシシや野兎、

キジなどを獲っていたそうです。

 

猟銃の腕も大変な名人だったそうで、

 

狩り仲間の間では、

ちょっとした有名人だったそうです。

 

山という所は、

 

結構不思議な事が起こる場所でも

ありますよね。

 

俺のじいちゃんも、

 

正夫から色んな不思議な話を

聞いたそうです。

 

その日は、

からっと晴れた五月日和でした。

 

正夫は猟銃を担いで、

一人でいつもの山を登っていました。

 

愛犬のタケルも一緒です。

(ちなみに秋田犬)

 

山狩りの経験が長い正夫は、

一人で狩りに行く事が多かった様です。

 

その山には正夫が自分で建てた

山小屋があり、

 

獲った獲物をそこで料理して酒を飲むのが

一番の楽しみでした。

 

しかしその日、

 

早朝から狩りを始めたのですが、

獲物はまったく捕れませんでした。

 

既に夕方になっており、

山中は薄暗くなってきています。

 

「あと1時間くらい頑張ってみるか」

 

正夫はそう思い、

狩りを続ける事にしました。

 

それから30分ほど経った時です。

 

正夫が今日の獲物をほぼ諦めかけていると、

突然目の前に立派なイノシシが現れました。

 

子連れです。

 

正夫は狙いを定め

弾を撃とうとしましたが、

 

突然現れた人間にビックリしたイノシシは、

急反転して山道を駆け上がって行きます。

 

正夫は1発撃ちましたが、

外れた様です。

 

愛犬のタケルが真っ先に

イノシシを追います。

 

正夫もそれに続き、

険しい山道を駆け登りました。

 

15分ほど追跡したでしょうか。

 

とうとう正夫はイノシシの親子を

見失ってしまいました。

 

タケルともはぐれてしまって

途方に暮れていたところ、

 

遠くでタケルの吠える声が聞こえます。

 

その吠え声を頼りに、

正夫は山道を疾走しました。

 

さらに10分ほど走ったところに、

タケルはいました。

 

深い茂みに向かって、

なにやら激しく吠えています。

 

そこは左右に巨大な松の木がそびえており、

まるで何かの入り口の様にも見えます。

 

正夫は、

そこをよく知っていました。

 

狩り仲間の、いえ、

 

その周辺の土地に住む全ての人々の

暗黙のタブー、

 

『絶対入ってはいけない場所』

 

でした。

 

正夫は、幼い頃から何度も

両親に聞かされていたそうです。

 

「あそこは山の神さんがおるでなぁ。

迂闊に入ったら喰われてまうど」

 

と。

 

しかし、

 

何故かその禁断の場所から

さらに奥へ進むと、

 

獲物が面白い様に捕れるのだそうです。

 

ただ、掟を破り、

そこに侵入した猟師などは、

 

昔から行方不明者が後を絶たないそうです。

 

しかし、

 

タケルがその茂みに向かって

果敢に吠えています。

 

あのイノシシ親子が近くにいることは

間違いないのです。

 

正夫は誘惑に負け、

 

とうとう禁断の地へと

足を踏み入れてしまいました。

 

時刻は午後5時を過ぎており、

まだ何とか周りは肉眼で見渡せますが、

 

狩りをするにはもう危険な明るさです。

 

タケルも先程から吠えるのを止めています。

 

「さすがにもう諦めるかな」

 

と正夫が思っていた時、

 

再びタケルが猛然と吠え出し、

駆け出します。

 

正夫もそれを追い

50mほど走ったところで、

 

タケルが唸り声をあげながら腰を落として

威嚇の体勢をとっていました。

 

「とうとう見つけたか」

 

と正夫は思い、

 

前方を見ると、

そこは少し開けた広場のようでした。

 

そこに黒い影がうずくまって、

何かを咀嚼する様な音が聞こえてきました。

 

凄まじいほどの獣臭が、

辺りには漂っています。

 

正夫は唾を飲み込み、

地面に片膝をついて猟銃を構えました。

 

「イノシシじゃないな」

 

正夫は、そう判断しました。

 

イノシシにしては体が細すぎるし、

体毛もそんなには生えていません。

 

「狼か?」

 

一瞬そう思いましたが、

 

この山中に狼がいるなんて、

聞いたことも見た事もありません。

 

よく見ると、

 

ソレは地面に横たわった

先程のイノシシの子供を食べています。

 

獲物を横取りされた様に感じた正夫は、

 

ソレに向かって猟銃の狙いを定め、

撃とうとしましたが、

 

引き金に掛けた指が動かないのです。

 

それどころか、

体が金縛りに遭ったかの様に動きません。

 

奥歯だけは恐怖のあまりに

ガチガチと鳴っています。

 

そして、

正夫の気配に気がついたのか、

 

ソレは食事を止め、

ゆっくりと正夫の方に顔を向けました。

 

(続く)禁断の地へ足を踏み入れた山猟 2/3

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