禁断の地へ足を踏み入れた山猟 3/3

山での猟

 

それから10分ほど、

 

天井を爪で引っ掻くような音が

聞こえていましたが、

 

やがてそれも止みました。

 

正夫にとっては、

永遠に続く悪夢の様な時間でした。

 

音が止んでも、

正夫は天井をじっと睨んだままでしたが、

 

やがて「ボソボソ」と、

 

人間の呟く声の様な音が

聞こえてきたのです。

 

「・・・っぽ・・・・っ・・・ぽ」

 

正夫は恐怖に震えながらも

耳を澄まして聞いていると、

 

急にタケルが凄い勢いで吠え始めました。

 

そして、

 

何かが山小屋の屋根の上を

走る様な音が聞こえ、

 

何か重い物が地面に落ちる音がしました。

 

タケルは、

 

今度は山小屋の入り口に向かって

吠え続けています。

 

「ガリガリ、ガリガリ」

 

さっき屋根の上にいた何かが、

山小屋の入り口の扉を引っ掻いている様です。

 

タケルは尻尾を丸め、

後退しながらも果敢に吠え続けています。

 

「だっ、誰だ!!」

 

思わず正夫は叫びました。

 

猟銃を扉に向かって構えます。

 

すると、引っ掻く様な音は止み、

今度はその扉のすぐ向こう側から、

 

ハッキリと人間の子供の様な声が

聞こえてきました。

 

「しっぽ、しっぽ」

 

あいつだ。

 

正夫は恐怖に震えました。

 

ガチガチと鳴る奥歯を噛み締め、

 

「何の用だ!!」

 

と叫びました。

 

タケルはまだ吠え続けています。

 

「しっぽ、しっぽ、

わたしのしっぽをかえしておくれ」

 

ソレはハッキリと、

人間の言葉でそう言ったのです。

 

正夫は、堪らずに扉に向かって、

散弾銃を1発撃ちました。

 

「きょっ」

 

と奇妙な叫び声が扉の向こうから聞こえ、

正夫は続けざまに2発3発と撃ちました。

 

散弾銃に開けられた扉の穴から、

真っ赤に血走った目が見えました。

 

「しっぽ、しっぽ、

わたしのしっぽをかえしておくれ」

 

人間の幼児そっくりの声で、

ソレは言いました。

 

「尻尾なんて知らん!!

帰れ!!」

 

正夫は続けざまに

引き金を引こうとしましたが、

 

体が動きません。

 

「しっぽ、しっぽ、

わたしのしっぽをかえしておくれ」

 

ソレは壊れたテープレコーダーの様に、

ただそれだけを繰り返します。

 

「し、知らん!!

あっちに行ってくれ!!」

 

「しっぽ、しっぽ、

わたしのしっぽをかえしておくれ」

 

再びガリガリと扉を引っ掻きながら、

 

ソレは扉の穴から怒り狂った赤い目で、

正夫を見ながら繰り返し言います。

 

タケルも吠えるのを止めて、

尻尾を丸めて縮こまっています。

 

「俺じゃない!!

お前の尻尾なんて知らねぇ!!

 

あっちに行け!!」

 

正夫は固まったままの体で絶叫しました。

 

するとソレは、

 

「いいや、おまえが、きったんだ!!」

 

と叫び、

扉を破って中に入って来たのです。

 

正夫の記憶は、

そこから途切れ途切れになっていました。

 

扉を破って現れた、

幼児の顔。

 

怒りを剥き出しにした、

血走った目。

 

鋭い前足の爪。

 

自分の顔に受けた、

焼けるような痛み。

 

ソレに飛びかかるタケル。

 

無我夢中で散弾銃を撃つ自分。

 

正夫が気がついた時は、

村の病院のベッドの上でした。

 

3日間も昏睡状態だったそうです。

 

正夫の怪我は、

 

左頬に獣に引き裂かれた様な裂傷、

右足の骨折、

 

体のあちこちに見られる擦り傷などの、

かなりの重傷でした。

 

正夫は村人には「熊に襲われた」、

とだけ言いました。

 

しかし村人は、

 

何となく正夫に何が起こったかを

感づいた様で、

 

次第に正夫は村八分の様な扱いを

受けていったのです。

 

やがて、

 

正夫は東京に引っ越し、

そこで結婚し、

 

俺の祖父が生まれました。

 

ちなみに、

 

この話は正夫が肺ガンで亡くなる3日前に、

俺の祖父に話して聞かせたそうです。

 

そしてこの場所は、

 

和歌山県のとある森深い

山中での出来事、

 

とだけ言っておきます。

 

愛犬のタケルですが、

まるで正夫を守るかの様に、

 

正夫の上に覆い被さって

死んでいたそうです。

 

肉や骨などはほぼ完璧な状態で

残っていたそうですが、

 

何故か内臓だけが一つも残らず

綺麗に無くなっていたそうです。

 

(終)

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