人を喰らう鬼女が棲む坂 2/2

鬼

前回までの話はこちら

ちょうど線路によって分断されていた道が、整備されて陸橋が架けられた。

 

元が旅人が通った道だけに、ルートとしては便利な道だったらしい。

 

ところが、道が開通してから不思議とそこで事故が多発する。

 

交通事故、自殺、変死・・・。

 

そんなことが半年に1~2度起こるようになった。

 

事故に遭った人からは、「女の影が~」と言う人も続出した。

 

そんな話が耳に入るようになってから、この老人は、ここがかつてのどっこ坂であり、女の影というのが鬼女ではないかと考え、ここにお地蔵さんを建立したのだという。

 

そして、伝えられた儀式に従い、念仏を月に一度は唱えているという。

 

「だが、これを知っているのももうわし一人だ。因縁のある村の末としてここまでやってきたが、もう村人は散り散りになって他の地に移り住んだし、余所から来た者はこんな話は聞いてくれん」、と老人。

 

その後どうなるかは老人にも分からないそうだが、逆に因縁のある者が居なくなれば鬼女も居なくなるのかも知れない、とも。

 

「わしはそうやって鬼女を鎮めて、時にはその影を見てきたから分かるんじゃが、お前さんからは鬼の臭いみたいなものがする。いや、わしみたいな因縁みたいなものがある」、と老人は続けた。

 

Aは老人の言葉にギョッとした。

 

なぜなら、Aが仏門に入るきっかけが”鬼”だったからだ。

 

「お前さん、○○寺まで行きなさるか。なら早く用事を済ませることだ。暗くなってからは、ここを通ると縁に引かれるかも知れんからな」

 

老人の言葉に、じわりと汗ばむ季節なのにAの背筋には冷たいものを感じたそうだ。

 

Aは老人に挨拶すると、そそくさとそこを離れた。

 

老人の助言通り、早く用事を済ませて帰ろうと思ったからだ。

 

ところが、世の中は思い通りにならないもので、Aの用事は夜までかかった。

 

そこで、無理を押して帰るほどAも怖いもの知らずではなく、寺で夜を明かしてから帰ることにした。

 

もっとも、Aも暇な身ではないので、始発電車で帰ることにしたそうだ。

 

だが、厄介なことにAは修行中の身。

 

帰りも駅までは歩いていかねばならず、始発電車で帰るためには暗いうちから寺を出なければならない。

 

Aはさすがに嫌な気分になったが、それも仕方ない。

 

そこで、Aは寺の住職にどっこ坂の話を聞いてみた。

 

住職も初めはピンと来なかったようだが、思い出したように言う。

 

「ああ、アレか。アレは下の方の△△寺が今でも供養しておるよ。話によると鬼女を封じた石と独鈷杵の半分が今でもあるそうだ」

 

半分?

 

Aがその事を住職に聞くと、移転供養の際、工事人がロープを掛けるところを間違って独鈷杵を折ってしまったそうだ。

 

老朽化していたらしい。

 

しかも、輸送の途中で無くしてしまうというおまけ付き。

 

その話にAが青くなると、さすがに住職もバツが悪くなったのか、Aに△△寺の場所を教え、「何かあったらそこまで行けばどっこ坂の鬼女も何もできないだろう」と言ったそうだ。

 

逃げ場所を知ったAは、とりあえずそれで良しとし、その晩は眠りにつき、予定通り暗いうちに寺を出発した。

 

Aが朝靄(もや)の深い道をどっこ坂に向かって歩いていると、どっこ坂の方がやけに明るい。

 

嫌な予感がしたが、考えてみれば現れるのは鬼女の影で、光ではない。

 

なので、Aは臆病になっている自分を笑うと、どっこ坂に向かって足を速めた。

 

近くに寄るとその光は車のヘッドライトで、どっこ坂の陸橋脇の土手に乗り上げていた。

 

事故か?

 

そう思って車の中を覗いてみると、車内には気を失った若い男女。

 

とりあえず息はあるしケガも見当たらない。

 

これは救急車より警察の方が、などと考えていたAの背筋に冷たいものが走る。

 

その嫌な感じのする方、ヘッドライトの先を見ると、女と思われる黒い影・・・

 

光を浴びて姿が見えるはずなのに、なぜか影。

 

その頭には角みたいなものまで見える。

 

そこまで認識した瞬間、Aは悲鳴を上げて逃げ出したそうだ。

 

「ダメだダメだダメだダメだダメだダメだ・・・・・・」

 

よく分からないが、Aの頭はそれしか思い浮かばなかったという。

 

Aは坂を駆け下り、転びながら、それでもとにかく逃げた。

 

△△寺に向かって逃げた。

 

どっこ坂の陸橋も越え、しばらく走っていたが、後ろに感じる嫌な空気・・・。

 

「なんだよ!鬼女ってのはどっこ坂にいるんじゃないのか?もう随分と走ってるぞ。△△寺に着いちまうじゃないか!」

 

そう考えながら、涙と鼻水を垂らしながらAは走った。

 

その時、△△寺に向かう道ではなく、右手の竹林に目がいった。

 

なぜか気が付くと、道を外れてその竹林に飛び込んだ。

 

ゴロゴロと転がりながら、見えた後ろには確かに鬼女の影があった。

 

「これは、もうダメか・・・」と思った時、Aは竹藪の中で何か堅い物を手にした。

 

よく分からずにそれを握ると、近くの家から鶏の鳴き声が聞こえた。

 

それと同時に、鬼女の影はだんだん薄くなっていったという。

 

ぜーぜーと言う呼吸が落ち着いてきた時、「助かったのか?」そう思って影が消えた方を呆然と見つめていると、道から誰かが覗いていたそうだ。

 

一瞬ビクッとなったが、よく見るとそれは昨日の老人だった。

 

「一体そんな所で何をしてなさるのかね?」

 

そう言って老人が近づいて来ると、Aはどっこ坂で見た事故と、鬼女の影のことを捲くし立てるように話した。

 

老人はAの無事を喜ぶと、Aの手を見て言った。

 

「その握ってる物は何かね?」

 

Aも自分が何かを握っている事に気が付いて握りしめた物を確認すると、それは二つに折れた独鈷杵の半分だった。

 

「爺さんの話だと、鬼の縁で無くした独鈷杵の半分に引かれたのかもなぁ、とは言っていたが、正直もう鬼に関わり合いたくない。だって怖いんだよ、マジで」

 

Aはそう言うと、泣きそうな顔でブルブルと俺を抱きしめた。

 

「お前の実家の方だぞ、この話。あそこら辺を通る時は気を付けろよ」

 

そんなことを言うAに、オカルト研でブイブイ言っていた奴が変われば変わるもんだと感心しながら、「それで、その影ってのは本当に鬼女の形をしていたのか?」と聞くと、Aは真面目な顔で答えた。

 

「いや、ホントに鬼女だって。だってラムちゃんみたいなシルエットだったんだぞ」、と。

 

いや、ラムちゃんはないだろ・・・。

 

真顔で”ラムちゃん”とか言うAの表情の方が、俺にとっては正直怖かった。

 

(終)

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