おまえは山を知らなすぎる
人の話は良く聞くこと。
そして、決して聞き流してはいけない。
耳を傾けるだけでもいい。
それを怠ると、この男の様になり得ない。
ぜひ注意していただきたいものだ。
山で遭遇してはいけないもの
武男は毎年お盆になると、実家がある福島へ帰省していた。
今年も変わらず会社に有給届けを出し、実家へ帰る。
ただ今回、武男にはちょっとした目的があった。
武男は元々田舎育ちではなく、福島の実家も親が少ない退職金を使って移り住んでいた。
せっかく田舎に行くわけだから山を心ゆくまで満喫したい、という小さな目的だった。
早朝に都内の家を出たおかげで、昼頃には実家へ着き、一段落着くことが出来た。
昼食も終わり、武男は目的である「山歩きをしたい」と父に話した。
母は「良いわね~」と賛同したが、父は顔をしかめてぼやき出した。
「昼からじゃ帰りが・・・。もし迷ったら・・・。山道は危険だ・・・」
武男の父は小さい頃、田舎暮らしだったので山には詳しい。
父が話しているのを遮るように、武男は母親に「行ってきます」と声をかけた。
「気を付けろよ、早く帰れ・・・。山はな・・・」
父は、まだ話していた。
武男は「分かった」と言うと、煩わしく感じたのかすぐさま家を出た。
山とはいえ、実家の周りが山に囲まれているため、武男は気楽に歩きたかっただけなのだ。
道なき道を無心で歩く。
それだけで武男は自然と心地よさに満たされてゆく。
一応携帯を確認してみると、電波は届くようだ。
武男は少し安心した。
その安心のせいか、武男は自由に歩いた。
しばらくして周囲を見渡すと、案の定、武男は道に迷ってしまった。
ただ、この時点ではまだ家からそんなに離れていないため、簡単に引き返せるだろうと武男は思った。
ところが、そうはいかない。
辺りは次第に暗くなってゆき、武男に焦りが見えた。
武男に恐怖が芽生え始めた時、武男の表情が安堵に変わる。
遠くに人影が見えたからだ。
地元の男の人だろうか。
武男は大声を出し、「迷ってしまい道を教えて欲しい」と男に声をかけた。
その時、プルルル・・・プルルル・・・と武男の携帯が鳴った。
父からだ。
父はどうやら心配して電話をかけたらしく、「大丈夫か?迷ったのか?」と一方的に話を続ける。
武男はもう安心しているのか、「大丈夫だから」と父に話した。
しかし、父は話を続けた。
「おまえ山は危ないんだぞ!山には何がいるか、おまえは山を知らな過ぎる!山で遭遇してはいけないものを知っているのか?!」
武男が熊だろ?と言いかけた、その時・・・。
「人だよ」
父が呟いた。
武男の心臓が凍る。
武男にその言葉の意味が分かるまで、そう時間はかからなかった。
息を詰まらせた武男。
前を見ると、男はすぐ側に立っていた。
落ちゆく夕陽を背にし、表情をピクリとも変えずに・・・。
(終)