誰でもない誰かの歌声が混ざっている
私は高校では合唱部の一員だったのだが、音楽室には『出る』と噂されていた。
私が在籍していた頃は県内に名を轟かせる名門に成長していたが、なんでも昔は弱小で、全国大会どころか県大会すら突破も出来ない学校だったらしい。
ちなみに高校合唱の大会は、『県大会→地方大会→全国大会』という3つの大会で構成されている。
さらに、出場すれば全ての団体が金賞・銀賞・銅賞のどれかに入賞するので、「金賞を取った」といっても手放しでは喜べない。(失格もあるが)
今ではその幽霊も妖精扱いされている
おまけに、いくら金賞を取っても、県や地方の代表に選ばれず敗退になってしまう団体もいる。
それを通称『ダメ金』と呼ぶ。
その昔、我が高校のとある合唱部員が3年生最後の夏を迎えて、県大会だけでも突破したいと一生懸命に練習したのだが、結果は実らず例によってダメ金だった。
さらに、団体ごとに個別評価を書いた紙を貰えるのだが、そこに書かれていた理由が酷かったらしい。
芸術の世界なので、「審査員の好みに合わない」等、そういう理由で落とされる事も少なくない。
その合唱部員は発狂したのか何なのか、それからは不登校になってしまい、とうとう卒業する前に自殺してしまった。
それからというもの、音楽室で合唱部の練習が始まると、その生徒が練習に混ざってくるという。
新入生には分からないが、3年生にもなると個人の聞き分けが出来るようになってくるので、「後輩や同級生の誰でもない、知らない生徒が歌っている」と分かる。
録音して聞き直すと、確かに『誰でもない誰か』の声が混ざっている。
霊感が全く無い私も聞いた事があり、一人だけ妙に暗い歌声だからすぐに分かった。
また怖いのが、毎年違う課題曲と自由曲を選んでいるにもかかわらず、きちんと練習しているところだ。
当時の自分の担当パートだったのだろうが、ソプラノの旋律をちゃんと覚えている。
つまり、生徒だけでやっていたパート練習に参加しているのだが、誰もそれは言わなかった。
・・・というより、言えなかった。
そんな中、私が2年生だった頃、我が高校は全国大会に出場が決定した。
それからは聞こえなくなるかと思いきや、翌年も『誰でもない誰か』の歌声が聞こえてきた。
もともと歌うのが好きで合唱部に入っていたのだろうから分からないでもないが・・・。
ただ、全国大会に出場して以降、それまで暗かった歌声がとても明るくなったと後輩が言っていた。
その誰でもない誰かは、写真にも写らない、歌以外に何かしら口を挟んでくる事もない。
ただ音楽室で歌っている時にだけ現れる。
卒業してしばらく経った頃に後輩にメールで聞いてみると、今では幽霊というより妖精扱いされているそうで、守護霊や守り神のような存在になっていた。
全国大会に出場した事で、自殺したとある合唱部員の悔しさも少しは晴れたのかもしれない。
あとがき
この話は、合唱部の顧問の先生から聞いた過去に自殺した子がいるという話と、『誰でもない誰か』の存在がぴったり重なるので、みんながこの様に思っている。
“それ以外の何か”だと思いたくないのもあるかもしれないが・・・。
なにしろ、「自殺した子が頑張っているんだ」と思わなきゃ怖くてやっていられない。
同じ部屋に”人間ではない何か”がいると分かりながら、まともに練習なんかは出来ないよね。
(終)