Sとの出会い 2/5
K「・・・昔はなー、ここからもう少し
上った場所には集落があった。
でも、いつかの地震で
大規模の地滑りが起きて、
集落は無くなっちまった。
その集落の人間が主に利用してたのが、
この病院だったっつー話」
言いながら身体をほぐす様に
色々動かしていたKが、
自分の手にしていたライトを
一旦ズボンのポケットに差し込み、
両手を自由にする。
K「・・・ここには色々噂があってだな。
それこそ今から全部紹介してたら、
それだけで朝になっちまうくらい」
そしてKは門に手を掛け
足を掛けて、
そのままひょいと乗り越えた。
向こう側に降り立ち、
こちらを振り向く。
K「ってなわけで。
さっそく、行こうぜ」
門に貼られた『立ち入り禁止』の
張り紙が空しく感じられる。
一瞬躊躇うも、
僕も行くことにした。
せっかくここまで来たのだ。
けれども、そこでふと気がつく。
Sのことだ。
Sはまだ車から出ていない。
何をしているのかと思ったその時、
運転席側の窓がスライドして
Sが顔を出した。
S「・・・俺は別に、幽霊やらその類に
興味はないんでな」
まるで見透かしたようなタイミングで
僕に向かってそれだけを言うと、
Sの首はまた車内に引っ込んだ。
ウィーム、と音がして窓が閉まる。
K「あいつ、立ち入り禁止って場所には
入ろうとしねーんだよな。
・・・別にワリーことしに行くわけじゃ
ねーのにな」
と門の向こうからKが言う。
確かに荒らしてやろうだとか、
ヤクの取引場所として利用しようとか、
そういう意識は無いけども。
僕「まあ、入ること自体が不法侵入っていう、
れっきとした犯罪ではあるけどね・・・」
自分の口から出た言葉が、
幾分自嘲気味に聞こえる。
まあ、ここに来ると決めた時点で、
開き直ってはいるのだが。
K「ちげえよ。ちげえ。
俺はちゃんと事前に役所に電話して、
『入っていいか?』って訊いたんだよ。
そしたら、『駄目』っつーもんだから、
仕方なくこうやってな?」
僕「どっちにしろ入るんやったら、
訊く意味無くない?」
K「礼儀だよ、礼儀。いいじゃん。
ほれ、いこうぜ」
Kに促され、
僕は門を乗り越えた。
敷地に降りた瞬間、
何やら身体中を無数の手に
撫でられるような感覚があった。
鳥肌が立つ。
門という壁一枚隔てただけで、
これほど空気が変わるものなのか。
Kもそれを感じていたのか、
まるで泥棒の様にそろそろ歩きながら
病院まで近づいた。
二階建ての病院は近くで見ると、
先ほどより大きく見えた。
夜だからだろうか。
二階の窓に一瞬何かが
映った様な気がして、
僕はとっさに目をそむける。
K「んじゃ・・・、お邪魔しまーす・・・」
とKが言った。
入口はトタン板で
打ち付けられているので、
その横の割れた窓から
入ることにする。
おそらくは以前にここにやって来た
僕らの様な人が、
力ずくでトタンを剥がしたのだろう。
最初に入った先は、
どうやら受付をする部屋らしかった。
年月のせいで黄ばんだ書類が
カウンターの下に散らばっている。
ここに通っていた患者の
個人情報だ。
あまりじろじろ見てはいけない、
と自分に言い聞かせた後で、
そうした心遣いの無意味さに気付いて、
ひとり苦笑する。
次の瞬間、
文章が不自然な箇所で途切れている
書類を見つけ、苦笑は止んだ。
ロビーに出る。
二人分の懐中電灯の光のみが
照らす病院内には、
月明かりすら入って来ない。
侵入してから、
二人とも未だ無言。
院内は外観に比べると、
比較的綺麗だった。
割れた蛍光灯の破片やパイプ椅子や
医療器具などが散乱しているが、
有名な心霊スポットの様に、
壁や床への落書きなんかは見当たらない。
ただ、それが逆に
この病院が未だ『生きている』、
ように感じられて
不気味ではあった。
それともう一つ、
音がしていた。
微かだが確かに聞こえる。
Kは何も言わなかったけれど、
おそらく気付いている。
『キィ・・・キィ・・・』
という、
何か金属がこすれるような音。
僕らは二人とも、
風のせいだと思いこむか、
もしくは聞こえないふりをしていた。
音は二階へと続く階段から
聞こえていた。
ただ、Kは先に一階を
見て回るつもりのようだった。
一階の手術室、レントゲン室、
診察室などを順に見て回る。
どの部屋も印象深いが、
特に手術室にあった緑色の手術台が
目に焼き付いた。
まるで、まな板の様だと思った。
けれど考えてみるとそうだ。
手術台は人を捌くまな板だ。
台の縁には血痕の様な
シミも残っていた。
一階を一通り見て回る。
他のドアは全て鍵が壊されていたが、
何故か一番奥の霊安室だけは、
鍵が掛かっていて入れなかった。
ロビーに戻り、
そのまま僕らは階段へと向かった。
その際に、
Kがぼそりと言った言葉がある。
K「本番は、病室のある二階だ」
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