Sとの出会い 5/5

S「・・・やっぱバイクと車じゃ

感覚が違うもんなんだな」

 

Sの口調は、

 

今日の新聞を読んで

感想を言う時のそれだった。

 

僕は金魚の様に口を閉じたり

開いたりしていたと思う。

 

S「後ろを見てみろ」

 

と後方を指差してSが言う。

 

僕はその時、

 

自分が車イス幽霊のことを

すっかり忘れていたことに気がついた。

 

後ろを振り向くが、

車イスは何処にも見えなかった。

 

そしてついでに、

シートベルトを付けていなかったKが、

 

後部座席でもんどり打って

失神していた。

 

S「どうだ、居るか?」

 

その問いにSの方を向き直り、

僕はゆっくりと首を横に振る。

 

S「・・・恐怖って感情は、たまに

人に余計なもんを見せることがある。

 

まあ、簡単に言ってしまえば、

 

お前らは、夜の病院ってとこからくる

恐怖心から幻覚を見たんだよ」

 

Sは淡々と説明する。

 

そんな馬鹿な。

幻覚。

 

あれが幻覚なのだろうか。

 

服の裾を引っ張られたのも、

車を追って来ていたのも。

 

S「ものすごい速さで

車を追う幽霊ってのは、

 

よく聞く怪談だけどな。

 

幽霊が超人的な身体能力を

持っているって説明よりは、

 

全てはそいつの脳みそ自身が

見ている幻覚だから、

 

って説明の方が

しっくりくるだろ。

 

鼻先三センチで、

常に映画を上映されているのと同じだ。

 

だから何処まで逃げたって

追って来る」

 

「・・・じゃあ、どうして今は」

 

S「ん?どうして追って来ないのか、

か?」

 

僕は頷く。

 

するとSは「くっく」と、

少しだけ笑った。

 

S「怖かったろ?さっきの」

 

Sは先程の国道暴走のことを

言っているのだ。

 

僕は真剣に何度も頷いた。

 

S「幽霊とは違う、別の恐怖を

上乗せされたからな。

 

幽霊どころじゃなくなったんだよ、

脳みそが」

 

「う、上乗せ?」

 

S「イカレた強盗に

銃を突きつけられた時、

 

そいつの背後に幽霊が見えたとして、

お前はどう怖がる?

 

そんなに幾つも同時に

処理出来ないもんだ。

 

人間の頭はポンコツだからな」

 

Sはそう言って、

後部座席のKをちらと見やり、

 

S「そしてたまに、ショートもする」

 

と静かに言った。

 

よくよく見たら、Kは口から

少量の泡を吹いていた。

 

S「さて、種明かしはここまでだ。

帰るぞ」

 

「Kは起こさんでいいの?」

 

S「寝かしとけよ。

その方が静かでいいだろう」

 

そうして車は走り出す。

 

発進の時、

心拍数が上がったが、

 

今度は普通に、といっても

法定速度よりは速かったけれど。

 

後で聞いた話だが、

Sはこの時、

 

車の免許を取ってまだ

二カ月だったそうだ。

 

Sはそういう人物だ。

 

僕はそれを初めて会った日に

知ったのだ。

 

「・・・S君は、本当に幽霊とか、

信じて無いんだねぇ」

 

帰り道。

僕がそっと呟く。

 

S「Sでいい。

 

そうだな。あるならある、

居るなら居るで別に良いんだが・・・、

 

今のところ、

あえて信じる要素はないな」

 

その言葉に、

僕は、あれ、と思う。

 

引っかかるものがあった。

 

「・・・じゃあさ。

何で今日とか付いて来てんの?

 

メリット無くない?」

 

Sが横目で僕を見た。

 

けれどもすぐに前方に視線を戻すと、

片手で口を隠し、

 

何処か投げやりな口調で

こう言った。

 

S「Kの奴は車持ってねえし。

俺は運転が好きだからな。

 

それだけだ」

 

「・・・ふうん」

 

ふと、Kと大学前でSを待っていた

時のことを思い出す。

 

あの時、

Kが言った言葉は何だったか。

 

思い出せない。

まあいいか。

 

その時、ふと、カサリ、という

小さな音が聞こえた。

 

何かを踏んづけたのだ。

 

見ると、それは病院で見つけた

あのやっこさんだった。

 

逃げ帰って来る時も

ずっと握りしめていたらしく、

 

二枚の折り紙は両方

くしゃくしゃになっていた。

 

取り上げて手に持ってみる。

 

大量に『あし』と書かれた

袴の部分。

 

そして、やっこさんの身体。

 

何故かもう恐怖心は無かった。

 

僕は何となく青いやっこさんを

広げてみた。

 

裏の白い部分に、

何か書かれている。

 

大量にではなく、

小さな文字でひとことだけ。

 

『おねがいします』

 

その瞬間、

僕の中で何かが繋がった。

 

『あし』・・・

『幾つものやっこさん』・・・

『追って来た車イス』・・・

『おねがいします』。

 

「そっか。鶴には、

足が無いもんね・・・」

 

小さく呟いた言葉は、

Sにも聞こえなかったようだ。

 

僕はその二枚の折り紙を

シワを伸ばして四角に折りたたみ、

 

財布の中に入れた。

 

感覚的な真理としては、

 

さっきしてくれたSの説明が

正しいのだと思う。

 

幽霊は全部人間の脳が

創り出した幻覚で、

 

実在などするはずが無い。

 

しかし僕には、

 

あの時感じた気配、音、

掴まれた袖が引っ張られる感覚、

 

あれらが全て幻覚だとは

どうしても思えなかった。

 

もしくは、足が治るようにと

やっこさんを折る、その意思。

 

分からない。

 

でも、それでいいんじゃないだろうか。

 

ちなみに、二枚の折り紙は

現在も僕の財布の中に入っていて、

 

今では僕のお守りの様な

存在になっているが、

 

いつかは返しに行こうと思う。

 

あの廃病院に。

 

ただし、もちろん行くのは

昼間のうちにだけども。

 

もうカーチェイスは、こりごりだ。

 

(終)

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