やまびこ 1/4
以下は友人のKから聞いた話だ。
季節は夏で、俺は当時
小学校の高学年くらいだったと思う。
家族で父方の親戚の家に
泊まりに行った時のことだ。
毎年一度はやっている
親族の集まりだった。
夜、酒を飲むばかりの
大人たちに
退屈していた俺と
四つ年上の姉貴は、
何か面白いものはないかと
探し回り、
ついに隣の村で祭りをやっている
という噂を聞き付けた。
そしてこれはもう行くしかないと、
無理やり親戚のおじさん(下戸)を
一人引っ張って、
車を出してもらった。
おじさんの話によれば、
その祭りは『やまびこ祭り』
という名前らしい。
なんでも、
その周辺には昔から
『やまびこは山の神の返事だ』
という言い伝えがあり、
豊作や雨を願う際、
他にも何か願い事がある時には、
山の頂上付近にある
突き出た岩の上から叫ぶ、
という風習があった。
『やまびこ祭り』という名前は
そこからきているらしく、
今でも祭りの終盤には
子供たちが山に登り、
自身の願い事を叫ぶ行事が
あるそうだ。
聞けば、おじさんも
子供の頃祭りに参加して、
叫んだことがあるんだとか。
姉「おじさんは、何て叫んだんです?」
行きの車の中で姉貴が尋ねる。
「『頭が良くなりますように』ってな」
おじさんは「ははは」と笑った。
俺と姉貴も遠慮なく笑った。
移動手段が車だったので、
そう時間はかからなかった。
祭りのある村も含め、
周辺地域自体が山間の
そこそこ高い位置にあるんだが、
祭りの会場は、もう少し
山を上ったところにある、
ダム湖の横の広場だった。
俺たちが着いた頃には
もう祭りは始まっていた。
広場の中心にはステージがあって、
広場の周りをぐるりと囲むように
たくさんの提灯と屋台が並んでいた。
田舎の小さな祭りだと
思っていたんだが、
人の集まりもにぎわいも
思ったよりある。
二時間後に車に戻って来ることを
おじさんと約束して、
ついでに少々の小遣いをせびって、
俺と姉貴は祭りの人混みの中へと
溶け込んでいった。
まずは綿菓子やイカ焼きを
買って食べる。
しかしまあ、
祭りで売っている食べ物は、
どうしてあんなに
旨そうに見えるのか。
腹も満足したところで、
姉貴が「金魚すくいがしたーい」
と言うので、
それに付き合った。
姉「わたし昔さ、金魚すくいの
『すくい』の部分って、
救いの手を差し伸べることだと
思ってたんよね。
金魚たちは悪い人に捕まってて、
助けてあげなくちゃってね」
K「うわ、馬鹿じゃん」
姉「うっさい、若かったの。
でさ、前の年に破れた金魚すくいの
網を一本いただいて、
次の年に自分で破れない紙張って
持ってったの。
さすがに百匹超えた時点で
止められたけど、
でも、あの時の店のおじさんの
顔ったらなかったわー」
もう言うまでも無いが、
俺の姉貴は少し変わっている。
いや、少しじゃないな。
ふと見上げると、
金魚すくいをしている
俺らの会話を、
店の店主が険しい顔で
聞いていた。
マズイかなと思った俺は、
二~三匹すくった時点で
わざと失敗して、
破れた紙を店主に見せた。
姉貴は空気を読まずに
三十匹ほど取ってたけど。
姉貴はその内の二匹だけを
袋に入れてもらって、
アカとクロという名前を
それぞれ付けた。
俺は金魚は貰わなかった。
そんなこんなで、俺と姉貴は
祭りを十二分に楽しんでいた。
そうして俺たちが祭りに参加して
一時間ほど経った頃だった。
『時間になったので、
子供たちは集合してください』
突然、辺りに拡声器の声が響いた。
それを合図に辺りから
子供が集まって来る。
どうやら、おじさんが言っていた
行事がこれから始まるらしい。
俺と姉貴は顔を見合わせた。
K「・・・どうする?」
姉「行くに決まってるでしょ。
おもしろそうじゃん」
やっぱりか。
行くと、何やら番号の付いた
カードを渡された。
子供たちは渡されたカードの
番号のもと、
幾つかの班に
分かれることになった。
集まっていたのはほとんどが
小学生くらいの男の子で、
他に数人、
お守役なんだろう、
姉貴と同い年くらいの
男子がいた。
俺と姉貴は同じ班になった。
と言っても、
子供たち全員が一斉に
山に登るのだから、
班の意味はあるのだろうかと、
その時は思った。
今考えると、お守役の子の負担を
考えてということだろうが。
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