やまびこ 3/4
いつの間にかフェンスを掴んでいた
白い手も消えている。
姉「あらら、・・・皆いなくなってる」
辺りを見回して姉貴はそう言った。
いつもの姉貴だ。
途端に膝の力が抜けて、
俺はその場に尻もちをついた。
姉「何してんの、あんた」
その言葉に緊張の糸が切れ、
俺は長い長い溜息を吐いた。
K「・・・そりゃこっちのセリフだよ、
マジで」
姉貴がこっちにやって来て、
俺の手を掴み引っ張り起こす。
姉「それにしても、すごかったね」
姉貴はまだ興奮している様だった。
フェンスをよじ登ろうとしていた、
あの白い手のことを言っているのだろう。
もしかしたら、姉貴には
全身像が見えていたのかもしれない。
K「・・・なに、アレ?」
姉「わかんない。でも、
みんな顔中が口だらけだった。
目も鼻も無くて。
それが、私の声を真似してた」
ぞっとする。
K「大丈夫だったのかよ・・・」
姉「ん?ああ、大丈夫大丈夫。
嫌な感じはしなかったから」
ヤツらの容姿と危険度は
必ずしも比例しないというのが、
姉貴の持論だけども。
こういうことに関しては、
俺は姉貴に何か言える立場ではない。
そもそもヤツらとの付き合いの
長さ深さが、
俺と姉貴では比べ物にならなかった。
K「でも、どうして、何かいるって
分かったんだよ・・・」
姉「下から聞こえてきたから。
崖の下から。
普通やまびこって、向こうの山に
声が反射して聞こえるものでしょ。
それが、崖の下、
それも近いところから聞こえたんよ」
俺には何も聞こえなかった。
あいつの腕を見たのだって、
『見せてあげてよ』という
姉貴の声がきっかけだった。
姉「おじさんの言う通り、
やまびこが神の返事だとしたら、
アレが神さまってなっちゃうけどね。
・・・いっぱいいたけど、
それぞれが神様なのかな」
K「・・・皆同じだった?」
姉「ううん。
男の人も、女の人もいたし、
髪の長いのも短いのもいた。
着物を着てたのも、
そうでないのもいた。
同じなのは、顔中
口だらけってだけ」
俺はそんな神様は嫌だと
心底思った。
それにそもそも、
うじゃうじゃ崖を上って来る
神様なんて聞いたことがない。
でも、こちらに危害を加える
悪霊でも無ければ、
神さまでも無いとしたら、
アレは一体何だというのだろう。
姉「わたしも、アレはたぶん、
神さまじゃないと思う」
俺の思考を読み取ったかのように
姉貴が言った。
姉「ここからはわたしの勝手な
想像になるけど・・・いい?
まず疑問なんだけど、
ここが神様にお願いする
場所だったとして。
飢饉で食べるものが無いとか、
長い間雨が降らないとか、
そういう時に人間って、
ただ叫ぶだけで、
願いが聞き届けられたと
思うものかなぁ・・・」
姉貴は首をひねる。
俺もつられてひねる。
姉「普通、やまびこって、
明らかに自分の声じゃん。
どこの山でもあることだし。
・・・それを、それだけを
神さまの返事ってするには、
ちょっと無理があると思うんだよね。
だとしたら、
神様に願いを聞いてもらうために、
必要なものは何だろうね?」
K「え、え・・・、えーと・・・」
姉「生贄。人身御供」
イケニエ。
俺が言えない言葉を、
姉貴は簡単に言ってのけた。
姉「極端な話をすれば、ね。
でも実際に谷底にいた、
『アレ』は『それ』じゃないかって、
私は思うんだけど」
生贄、人身御供。
それは、今の時代の感覚では
到底理解できない風習。
姉「・・・人を捧げて、
それから願い事を叫ぶ、
返事が返ってくる。
それを、
神の返事だってことにする。
そんな流れが、
あったんじゃないかなぁって」
フェンスに囲まれた山肌から
突き出た岩の先を見やる。
あそこから突き落とせば、
人は簡単に死ぬだろう。
崖の下から聞こえてきたという声。
願いを叶える神さま。
色々な言葉が、断片的に
俺の頭の中でぐるぐると回る。
姉「もしもさ、
あそこから落された人たちが、
自分が犠牲になることで
人々が幸せになると信じていたら、だよ?
その意思が谷底にまだ残っていて、
そこに、沢山の人の『願い』が
降ってきたら・・・」
頭の悪い俺に、
整理する時間も与えず
姉貴は喋る。
姉「口がね。
たくさんの口が、
それぞれ何か呟いてたんよ。
よくは聞き取れなかったんだけど、
たぶん、
『お願いします。お願いします』
って。
・・・あの人たちは、
聞こえて来る願いに、
一生懸命応えようと
しているんじゃないかな。
分かんないけど。
・・・分かんないけど」
そうして姉貴は
ようやく口を閉じた。
(続く)やまびこ 4/4へ
神様に届くようにいっしょに「お願いします」って言ってるんじゃないか、てとこでジワッときた。
ゲームとか命に関わらない願いは本人に頑張らせよ?生け贄の人は休んでいいんやで…