夜泣き峠 2/2

(前編)夜泣き峠 1/2

 

横道の先には、

小さな広場があった。

 

Sが持つ懐中電灯の光が、

広場をくるりと照らした。

 

草がぼうぼうに生えていて、

広場を囲むように廃車が数台あった。

 

古びて赤錆びにまみれた

トラックもあれば、

比較的新しい車もある。

 

赤ん坊の泣き声が、

大きくなっていた。

 

Sの後ろで僕も泣きそうだった。

 

Kは「やっべー、やっべーよ」を、

さっきから繰り返している。

 

Sが一台の車を照らした。

 

その車は、外も中も黒ずんでいた。

ガラスは残っていない。

 

Sが懐中電灯の光を、

車から僅かに下に向ける。

 

チャイルドシート。

 

その車の横には、地面に直接、

チャイルドシートが置いてあった。

 

隣の車とは不吊り合いなほど綺麗で、

新品同様と言ってもよかった。

 

泣き声は、そのチャイルドシートから

聞こえてきた。

 

誰も座っていないはずなのに。

 

Sがそのチャイルドシートに、

一歩近づいた。

 

「おい、Sやべー。やべーって!」

 

Kが止めるのも聞かず、

Sはチャイルドシートの前まで行くと、

その後ろの草むらに向かって、

手を伸ばした。

 

僕はその時、泣き声の主に

Sが喰われるんじゃないかと、

本気で思った。

 

「・・・あった」

 

僕らの方に向き直ったSが

手にしていたのは、

一台の機械だった。

 

ただ立ち尽くす僕らの前で、

Sは手にした機械の上にある

スイッチを押した。

 

その瞬間、赤ん坊の泣き声は

ピタリとやんだ。

 

「CDラジカセだ」

 

Sが言った。

 

「最初は俺も驚いたけど、

泣き声に規則性があったからな。

こんなことだろうと思った。

まあ、イタズラだな。

電池が切れるまでは、

赤ん坊の声がリピートするようにな」

 

僕は茫然としていた。

Kはぽかんとしていた。

 

Sよ。

お前は何処まで冷静なのだ・・・。

 

「・・・うおおマジかよ、バカらしー!」

 

Kが両手で自分の頭を抱え、

身体全体でぐねぐねと、

意味不明な動きをした。

 

彼なりに恥ずかしがっているのだ。

 

「俺バカじゃん。

やべーやべーとか、俺バカじゃん!」

 

それからKは、

チャイルドーシートに近づくと、

一発蹴りを入れた。

 

そうしてから何を思ったか、

倒れたチャイルドシートを

また元通りに立たせると、

「お前ら、写メれ!」

その上にどかりと腰を下ろした。

 

チャイルドシートに大の男が座っている。

真夜中のこんな場所で。

 

その滑稽な光景に、

先程までの恐怖の感情も消えうせ、

僕は声に出して笑った。

 

「アホらし」と言いながらも、

Sが自分の携帯を取り出して、

カメラで撮った。

 

フラッシュが光ると、

Kはふんぞり返っていた。

 

僕も笑いながら、

その姿を携帯で撮った。

 

「・・・おぎゃあ、おぎゃあ!」と、

Kが叫び出した。

 

さらに、座った状態で

手足をバタつかせる。

 

僕はまた笑った。

Sも笑っていたと思う。

 

「おぎゃあ、んぎゃああ、んぎゃああ」

 

僕が、おや?と思い始めたのは、

そのあたりからだった。

 

「んぎゃあ、ん、んぎゃああ、

おぎゃああああ!」

 

「おーい、K、もういいよ。

十分撮ったから」

 

しかし僕がそう言っても、

Kは泣きやまない。

 

それどころか、Kの泣き声は

いっそう激しくなった。

 

「・・・お、おぎゃあ、おぎゃあ・・・ぐ、

おぎゃああ、おぎゃああああ!

んぎゃああ・・・」

 

「おい、K?」

 

「ぎゃああああ、おおぎゃあああ!

んっく、っく、ぎゅっ・・・、

おぎゃああああああ!んっく、ん」

 

いつの間にか、Kの泣き声は

尋常ではなくなっていた。

 

Kは、本当に涙を流して

泣いていたのだ。

 

顔が歪んでいた。

手足をバタつかせ大声で泣く。

 

その声も、Kの声から、

まるで本物の赤ん坊の声に

変わっていた。

 

「おぎゃああおぎゃああ

おぎゃああおぎゃああああ

おぎぎゃああああああ」

 

「お、おい、・・・け、K」

 

僕がKに向かって

手を伸ばそうとしたその瞬間、

 

Sが横からチャイルドシートごと、

Kの身体を蹴飛ばした。

 

「・・・おい!Kを持て。逃げるぞ!」

 

Sが叫ぶ。

地面に倒れたKは気を失っていた。

 

僕はSと一緒にKを担ぎあげると、

車に向かって一直線に走った。

 

「S、S!どういうこと?」

 

「俺に聞くな!」

 

後部座席にKを押し込んで、

Sが車のキーを差し込む。

 

「お、おい、S。ちょっと待て!」

 

車のエンジンが掛かる。

しかし、僕は思い出していた。

夜泣き峠に関する話。

 

赤ん坊の声を聞いたものは必ず・・・。

Sも、そこに気がついた様だった。

 

サイドブレーキを下ろそうとしていた、

手が止まる。

 

しかし、躊躇は一瞬だけだった。

「・・・そりゃ、尾ひれだ」

Sは車を発進させた。

 

Sの額に浮かぶ大粒の汗とは裏腹に、

車は非常にゆっくりとした、

安全運転で山を降りた。

 

Kは山を降りる際に、

意識を取り戻した。

 

また泣き声をあげられたら

どうしようと心配だったのだが、

幸い、起きたKはいつものKだった。

 

「え・・・?何コレ。ってか、

わき腹ちょーいてえんだけど・・・」

 

それはSが蹴り飛ばしたからだ。

 

でもその事実は無かったことになり、

全ては赤ん坊の霊の仕業、

ということで落ち着いた。

 

Kのわき腹に、

ユウレイが噛みついていたのだと。

 

そうして、少なくともその日は、

僕らは事故に遭うこともなく、

山を降りることが出来た。

 

後日、三人で集まり、

知り合いの知り合いの知り合いという風に、

か細いツテを頼って、

遠くの街の神社でお祓いをしてもらった。

 

その際、神主らしき人に、

「一応、三人とも大丈夫だが、

もうあの峠には行かない方が良い」

と言われた。

 

お祓いが効いたのか、

そもそも何も憑いてなかったのか。

 

あの夜の体験から数年経ったが、

今のところは三人とも、

何の事故もなく過ごしている。

 

『夜泣き峠』を通ってて、

赤ん坊を見た、声を聞いたという話は、

今でもたまに聞くことがある。

 

この前も、職場の後輩が彼女と行って、

泣き声を聞いたそうだ。

 

後輩は、その時の話を

詳しく語ってくれた。

 

「事故とかは大丈夫だったんすけどね?

・・・やっぱり、ほら。

わき腹、噛まれたんすよ、ほら」

 

確かに、真剣に語る彼のわき腹には、

噛まれたような跡があった。

 

そりゃ、尾ひれだ。

 

笑って流していいものかどうか、

少し迷った。

 

(終)

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