夜泣き峠 1/2

その峠は『夜泣き峠』と呼ばれていた。

 

僕の住んでいる地域では

有名な心霊スポットで、

 

この峠の正式な名称は知らなくても、

『夜泣き峠』と言えば、

地元の人間なら誰でも知っているようだ。

 

その日の夜、十一時ごろ。

 

僕は、友人のKとSと三人で、

その問題の峠に向かって車を走らせていた。

 

「県道っていうから覚悟してのにさー、

中々いい道じゃねーか」

 

そう言ったのは、Kだ。

 

確かに、元々は地元民でない僕は、

この道を使ったことが無かったのだが、

アスファルトも比較的新しく、

ずっと二車線の道路は、

心霊スポットに続く山道としては、

拍子抜けするものだった。

 

「ユウレイ出るって聞いたから、

どんだけ寂れた道なのか!って、

ドキドキワクワクしちゃってたのにさ、

コッチはよ~。あー残念だ。

ザンネン。ザ・ン・ネ・ンだあ!」

 

「うわっ、馬鹿。やめろ」

 

横を見れば、Kが後部座席から

運転席のシートを掴んで揺らしている。

 

運転しているのはSだった。

助手席には僕が座っている。

 

Sの父親の車だという軽自動車が、

フラフラ対向車線に、はみ出す。

 

対向車は無い。

あったら死んでたかもしれない。

 

「ここで事故ったら、

僕らも幽霊になって化けて出ような。

そしたらここ、全国的な

心霊スポットになるかもしれんし」

 

と僕が言うと、

「そらいいな」とKが笑う。

 

騒ぐ僕らの横で、

Sは大きく溜息をついていた。

 

ちなみに、その時のKは酔っていた。

僕も酔っていた。

 

そもそも、宅飲みで酔っぱらった僕とKが、

酒の勢いで『何処か怖いとこ行こうぜ!』

となり、運転役として急遽呼ばれたのが、

Sだったのだ。

 

「・・・っていうか、道路整備は当たり前だ。

そんだけ需要があるんだよ、この道には。

うちの街から○○(街の地名)に行くのにも、

この道使えば早いしな」

 

この車内で、一人だけ酔ってないSは冷静だ。

というか、ぶすっとしてる。

 

その表情からは、

早くこの馬鹿二人から解放されたい、

と言う気持ちがにじみ出ていた。

 

ごめんな・・・S。

 

それでも、嫌々ながらも

付き合ってくれるのが、

こいつの良いところなのだが。

 

「おれの携帯さ、録音出来っから。

これで赤ん坊の声、取れねーかな?」

 

「携帯の音質じゃ無理だって。

よほど近くで泣いてもらわんと。

ってかそんな声、

録音して何に使うんだよ」

 

僕がそう言うと、

Kはニヤリと笑い、

 

「んなもん・・・」

 

「うん?」

 

「んなもん、女の子驚かすために

使うに決まってんじゃねえか、お前ぇ!」

 

Kのシャウトが車内に響く。

 

「・・・お前が子供泣かしたと

思われて終いだボケ」

 

隣でSがぽつりと呟いた。

Kは、ガハハと笑って聞いてなかった。

 

ところで、Kが言う『赤ん坊の声』とは、

僕らがこれから行く予定の、

廃車峠にまつわる話だ。

 

『深夜、夜泣き峠を通ると、

赤ん坊の泣き声が聞こえる』

 

とは結構有名な話。

 

周りにも聞いたという人間は、

ちらほらいる。

 

嘘かまことか、

聞き違いか幻聴かは置いといて。

 

峠までは、すぐそこだった。

 

僕らの会話は自然と、

昔峠で起こったとされる事件が、

話題の焦点になっていた。

 

僕が聞いた話によると、ある日、

家族が乗った一台の車が、

この峠を越えようとした。

 

そして、峠に差し掛かった時、

エンジンの故障かなにかで車が炎上した。

 

男と女は車から逃げたのだが、

一人だけ赤ん坊が車内に残された。

 

その事故以降、この峠を通ると、

赤ん坊の声を聞こえるようになったという。

 

しかも、その声が聞こえた者は、

絶対に車関連の事故に遭うという。

 

「おいおいおい!だってよS。

帰りは気をつけろよ」

 

Kの言葉に、Sが大きなあくびで返した。

 

そう言えば、

電話でSを呼び出した時、

彼の声は幾分寝ボケていたのだが、

眠たいのだろうか。

 

「怪談ってのは・・・、

尾ひれしか残ってないもんだ」

 

あくびの後でSが言う。

Sの方を見て「何だソレ?」と、Kと僕。

 

「ここで事故が起きれば、ユウレイのせい。

あれもユウレイのせい。これもユウレイのせい」

 

そこで話を切って、

Sはもう一度あくびをする。

 

「尾ひれだけ・・・。つまり、

身のない話ってことだ。覚えとけ。

てか、さっきからうるさいよお前ら」

 

僕とKは顔を見合わせた。

 

二人とも酔いの残った頭では、

イマイチ理解出来なかったようだ。

 

「ほら、着いたぞ」

 

そうこうしているうちに、

僕らの車は目的の峠に着いた。

 

道路脇に車を停めて、

三人で外に出る。

 

外灯が遠く、

思いのほか暗い。

 

Sが一度車内に戻って、

懐中電灯を持って出て来た。

 

豆電球の白い光が、『夜泣き峠』の

周囲を照らす。

 

何と言うか、

心霊スポットと言うだけあって、

独特の雰囲気は感じ取れた。

 

道の両脇は、どちらも木が茂っていて、

ザワザワと風に揺れる音がする。

 

いつの間にか、おしゃべりのKも

静かになっていた。

 

「どうする?」と、Sが言った。

 

その口はおそらく、

『早く帰ろうぜ、てか帰らせろ』、

と言いたいのだ。

 

僕としても、夜風と

この峠の雰囲気にあたった瞬間、

酔いが醒めてしまった様で、

実際怖くて帰りたくなっていた。

 

「うーん。そうだな。何もなさそうだし」

 

帰るか!と、

チキンな僕が言おうとした時、

 

「やべ・・・」

 

Kが言った。

 

「俺、聞こえた」

 

何が?と言いかけた僕の耳にも、

それは入って来た。

 

かすれた猫の声のような、

でも猫じゃない。

 

猫は『おぎゃあ、おぎゃあ』、

とは鳴かない。

 

これは人間の声だ。

赤ん坊の泣き声だ。

 

「おいおい、嘘だろ」

 

Kがうろたえていた。

僕は、もっとうろたえていた。

 

Sにも聞こえたようだった。

「ん・・・、あっちからだな」

 

Sはそう言って、懐中電灯の光を

その方向に向けた。

 

僕らが車を停めた道路脇の反対側に、

車一台が通れるくらいの横道があった。

 

Sが照らしているのは、

その細い道だった。

 

「よし、行くか」と一言。

 

Sがその横道に向かって行くので、

僕とKは顔を見合わせた。

 

Sは果たして正気なのかと思った。

 

しかし、車のキーも懐中電灯も

Sが持っているので、

僕らは慌ててSの後を追った。

 

(続く)夜泣き峠 2/2へ

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