禁后(パンドラ)5/7
一つは10歳の時、
母親に鏡台の前に連れていかれ、
爪を提供するように指示されます。
ここで初めて、娘は鏡台の存在を知ります。
両手両足から、どの爪を何枚提供するかは、
それぞれの代の母親によって違ったそうです。
提供するとは、もちろん剥がすという意味です。
自分で自分の爪を剥がし母親に渡すと、
鏡台の三つある引き出しの内、
一番上の引き出しに、爪と
娘の隠し名を書いた紙を一緒に入れます。
そしてその日は一日中、
母親は鏡台の前に座って過ごすのです。
これが一つ目の儀式。
もう一つは13歳の時、同様に鏡台の前で、
歯を提供するように指示されます。
これも代によって数が違います。
自分で自分の歯を抜き、
母親はそれを鏡台の二段目、
やはり隠し名を書いた紙と一緒にしまいます。
そしてまた一日中、
母親は鏡台の前で座って過ごします。
これが二つ目の儀式です。
この二つの儀式を終えると、
その翌日~16歳までの三年間は
『教育』が全く行われません。
突然、何の説明もなく
自由が与えられるのです。
これは、13歳までに全ての準備が
整ったことを意味していました。
この頃には、すでに母親が望んだ通りの
生き人形のようになってしまっているのが
ほとんどですが、
わずかに残されていた自分本来の感情からか、
ごく普通の女の子として過ごそうとする
娘が多かったそうです。
そして三年後、娘が16歳になる日に
最後の儀式が行われます。
最後の儀式、それは鏡台の前で、
母親が娘の髪を食べるというものでした。
食べるというよりも、体内に取り込む
という事が重要だったそうです。
丸坊主になってしまうぐらいの
ほぼ全ての髪を切り、鏡台を見つめながら
無我夢中で口に入れ飲み込んでいきます。
娘はただ茫然と眺めるだけ。
やがて娘の髪を食べ終えると、
母親は娘の本当の名を口にします。
娘が自分の本当の名を耳にするのは、
この時が最初で最後でした。
これでこの儀式は完成され、
目的が達成されます。
この翌日から母親は四六時中、
自分の髪をしゃぶり続ける廃人のようになり、
亡くなるまで隔離され続けるのです。
廃人となったのは文字通り母親の脱け殻で、
母親とは全く別のものです。
そこにいる母親は、ただの人型の
風船のようなものであり、母親の存在は
誰も見たことも聞いたこともない、
誰も知り得ない場所に到達していました。
これまでの事は、全てその場所へ行く
資格(神格?)を得るためのものであり、
最後の儀式によって、
それが得られるというものでした。
その未知なる場所では、それまで同様にして
資格を得た母親たちが暮らしており、
決して汚れることのない楽園として
存在しているそうです。
最後の儀式で資格を得た母親は、
その楽園へ運ばれ、後には
髪をしゃぶり続けるだけの脱け殻が残る・・・
そうして新たな命を手にするのが、
目的だったのです。
残された娘は、母親の姉妹によって
育てられていきます。
一人でなく、二~三人産むのは、
このためでした。
母親がいなくなってしまった後、
普通に育てられてきた母親の姉妹が
娘の面倒を見るようにするためです。
母親から解放された娘は、
髪の長さが元に戻る頃に男と交わり、
子を産みます。
そして、今度は自分が母親として
全く同じ事を繰り返し、
母親が待つ場所へと向かうわけです。
ここまでがこの家系の説明です。
もっと細かい内容もあったのですが、
二度三度の投稿でも
収まる量と内容じゃありませんでした。
本題はここからですので、
ひとまず先へ進みます。
実は、この悪習は、
それほど長く続きませんでした。
徐々に、この悪習に
疑問を抱くようになっていったのです。
それがだんだんと大きくなり、
次第に母娘として本来あるべき姿を
模索するようになっていきます。
家系として、その姿勢が定着していくに伴い、
悪習はだんだん廃れていき、
やがては禁じられるようになりました。
ただし、忘れてはならない事であるとして、
隠し名と鏡台の習慣は残す事になりました。
隠し名は母親の証として、
鏡台は祝いの贈り物として、
受け継いでいくようにしたのです。
少しずつ周囲の住民達とも触れ合うようになり、
夫婦となって家庭を築く者も増えていきました。
(続く)禁后(パンドラ)6/7へ