鋏 2/5

地蔵

 

俺は思わず、

 

『いや、あれは俺の師匠に

助けてもらっただけ』

 

とバラしそうになったが、

 

恥ずべきことに、

実際に口に出したのは、

 

「まあ、あれくらい」

 

という言葉だった。

 

その虚勢は、

 

彼女がやはり可愛らしい容姿を

していたことに起因していることは、

 

間違いが無いところだ。

 

「出て話さない?」

 

と言うので頷く。

 

さっきからオフ会の連中の視線を、

肌にザラザラ感じ始めていたのだ。

 

トイレ前で話し込んでいるツーショットを、

これ以上さらしておく気にはなれない。

 

男どもの敵意に満ちた視線をかい潜って、

レジで清算をする。

 

音響をちらりと見ると、

俺に払わせる気満々のようだったが、

 

無視して自分の分だけ払った。

 

みかっちさんの意味のわからない

サムアップに見送られて店を出ると、

 

いきなり行き先に困った。

 

※サムアップ

親指を立てるジェスチャー。

 

近くに公園があるが、

なんだかいやらしい感じだ。

 

「居酒屋とかでもいいか」

 

と聞くと、

 

音響は首をヨコに振り、

「未成年」と言った。

 

18、19は成人擬制だと

無責任なことを俺が口にすると、

 

驚いたことに彼女は自分を指差して、

「16」と言うのである。

 

俺は思わず逆算する。

 

「あの時は中3、今は高2」

 

と先回りして答えてくれた。

 

黒い手は学校の先輩にもらったと

言ってなかったっけ、

 

と思うやいなや、

また先回りされた。

 

「中高一貫」

 

ずいぶんカンのいいやつだと思いながら、

近くのコーヒーショップに入った。

 

俺はオレンジジュースを、

 

音響はパインジュースを注文して、

横並びの席に着くと、

 

ひと時のあいだ沈黙が降りて、

 

ガラス越しに見える夜の街に

暫し目を向けていた。

 

やがて紙が裁たれるような

微かな音が聞こえた気がして、

 

店内に視線を移す。

 

すると、

音響が前を向いたまま、

 

手元の紙で出来たコースターを

まるで無意識のように裂いている。

 

俺の不可解な視線に気がついてか、

 

彼女は手を止めて、

切れ端のひとつを指で弾いて見せる。

 

「学校の近くの山に、

鋏様ってカミサマがいてね。

 

藪の中に隠れてて、

 

知ってなきゃ絶対見つかんない

ようなトコなんだけど。

 

見た目は普通の古いお地蔵様で、

同じようなのが3つ横に並んでる。

 

でもその中のひとつが鋏様。

 

どれが鋏様かは、

夜に一人で行かないとわからない」

 

スラスラと喋っているようで、

その声には緊張感が潜んでいる。

 

俺は少し彼女を止めて、

 

「なに?

それは学校で流行ってる何かなの」

 

と問うと、

 

「そう」

 

という答えが返ってきた。

 

「その鋏様に、

 

自分が普段使ってるハサミを供えて、

名前を3回唱える。

 

すると近いうちに、

 

その名前を唱えられたコが

髪を切ることになる」

 

おまじないの類か。

 

女子高生らしいといえば女子高生らしい。

 

「その髪を切るってのは、

やっぱり失恋の暗喩?」

 

「そう。ようするに、

 

自分の好きな男子に

モーションかけてる女を、

 

振られるように仕向ける呪い。

 

すでに出来上がってる

カップルにも効く」

 

そう言いながら自分の前髪を、

人差し指と中指で挟む真似をする。

 

「陰湿だ」

 

思ったままを口にすると、

 

「黒魔術サークルのオフ会に来てる

男には言われたくない」

 

と冷静に逆襲された。

 

「で、その鋏様のせいで、

なにか困ったことが起こったわけだ?」

 

音響はパインジュースにようやく口をつけ、

少し考え込むそぶりを見せた。

 

その横顔には、

 

年齢相応の戸惑いと、

冷たく大人びた表情が入り混じっている。

 

「うちのクラスで何人か、

 

そんなコトをしてるって話を聞いて

試してみた」

 

「自分のハサミで?」

 

「赤いやつ。

小学校から使ってる。

 

夜中に一人で山にあがって、

 

草を掻き分けてると

お地蔵さんの頭が見えて、

 

それから目をつぶって

鋏様を探した」

 

「目を閉じないと見つからない?」

 

「開けてるとわからない。

全部同じに見える」

 

「真ん中とか、右端とか、

 

先におまじないしてる子に

聞けないのか」

 

「聞けない」

 

「秘密を教えたら、

呪いが効かなくなるとか?」

 

「そう」

 

「目を閉じてどうやって探す?」

 

「手探りで、触る」

 

「触って分かるもんなの?」

 

「髪の毛が生えてる」

 

音響がその言葉を発した途端、

 

再び紙の繊維が裁断される音が

俺の耳に届いた。

 

ぞくりとして身を起こす。

 

いつのまにか黒い長袖の裾から

細い指が伸びて、

 

俺のコースターを静かに引き裂いている。

 

いつグラスを持ち上げられたのかも

分からなかった。

 

恐る恐る、

 

「今、自分がしてることがわかってる?」

 

と聞くと、

 

「わかってる」

 

と少し苛立ったような声が返ってきた。

 

俺はあえてそれ以上追及せず、

代わりに、

 

「髪の毛って、苔かなにか?」

 

と問いかけた。

 

音響はそれには答えず、

 

「シッ。ちょっと待って」

 

と動きを止める。

 

溜息をついて、

オレンジジュースに手を伸ばしかけた時、

 

なにか嫌な感じのする空気の塊が、

背中のすぐ後ろを通り過ぎたような気がした。

 

未分化の、

 

まだ気配にもなっていないような、

濃密な空気が。

 

※未分化(みぶんか)

いくつかの要素が一つに入りまじって、分かれていないこと。

 

周囲には、

 

明るい店内で夜更かしをしている

若者たちの声が、

 

何ごともなく飛び交っている。

 

その只中で

身を固まらせている俺は、

 

同じように表情を強張らせている

隣の少女に、

 

言葉にし難い仲間意識のようなものを

感じていた。

 

嫌な感じが去ったあと、

やがて深く息を吐き、

 

彼女は「とにかく」と言った。

 

「私は赤いハサミを鋏様に供えて、

名前を3べん唱えた」

 

目を伏せたまま、

長い睫が微かに震えている。

 

「誰の」

 

聞き様によっては下世話な

問いだったかも知れないが、

 

他意は無く、

反射的にそう聞いたのだった。

 

「私の」

 

その言葉を聞いた瞬間、

俺の中の理性的な部分が首をかしげ・・・

 

首をかしげたまま、

 

目に見えない別の世界に通じている

ドアが僅かに開くような、

 

どこか懐かしい感覚に襲われた気がした。

 

「なぜ」

 

「だって、

何が起こるのか知りたかったから」

 

ああ。

 

彼女もまた、

暗い淵に立っている。

 

そう思った。

 

「で、何が起こった」

 

俺の言葉に、

消え入りそうな声が帰ってきた。

 

ハサミの音が聞こえる・・・

 

(続く)鋏 3/5

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