鋏 5/5

地蔵

 

次の瞬間、

右手が嫌なものに触れた。

 

夜気に湿った小さな頭。

 

苔じゃないのはすぐにわかった。

 

髪の毛が生えている。

 

混乱が恐怖心に点火する前に

俺は両手をソレから離し、

 

ジーンズの後ろポケットから

ハサミを取り出した。

 

愛用というほどでもないが、

家にあるハサミというとこれだけだ。

 

屈み込んで、

 

地蔵の前にある石造りの

小さな台を探り当て、

 

ハサミを置いた。

 

そして、

 

あらかじめ決めてあった名前を

3度唱える。

 

俺にストーキングまがいのことをしていた

女の名前だった。

 

音響にこのおまじないのことを聞いた時から、

 

その効力を解くには

上書きするしかないのではないか、

 

と思っていた。

 

根拠はない。

 

カンだ。

 

そして上書きされるに

うってつけの存在がいた。

 

失敗でもいい。

 

そしてこのおまじないが、

本当は別の意味であったとしても、

 

それでもよかった。

 

目の前にあるものが、

なんなのかわかりたくなかった。

 

俺は左を向くと懐中電灯をつけ、

目を開けて脱兎のごとく逃げ出した。

 

這い上がるように斜面を駆け上り、

後ろを振り返らず走った。

 

山鳩の鳴き声が追いかけてくる。

 

草いきれが鼻にこびりつく。

 

※草いきれ

草の茂みから生ずる、むっとした熱気。

 

閉じ込めていた畏怖の心が、

奇声をあげているような気がした。

 

四つ目だった。

 

俺が数え間違えたのか、

それとも地蔵は初めから4体あって、

 

音響が3体だと嘘をついたのか。

 

それとも、

 

それは目を閉じないと見つからない、

何か得体の知れないものだったのか・・・

 

元来た道を逆走していると、

 

懐中電灯の光が道の真ん中に

赤いものを反射した。

 

赤いハサミだった。

 

一瞬躊躇したあと拾い上げる。

 

ノートの切れ端に描かれた

イラストにそっくりだ。

 

山に入った時とは別のハサミを

ジーンズのポケットに納めて、

 

俺は帰途を急いだ。

 

耳は聞こえるはずのない

ショキショキという音の幻を、

 

湿った風の中にとらえていた。

 

その次の日、

 

俺はこの前のコーヒーショップで一人、

音響を待っていた。

 

たぶん解決した。

 

そう言って呼び出したのだが、

あながち間違いでもないように思う。

 

この手にある赤いハサミが、

その象徴のような気がした。

 

店内の光度を抑えた照明に、

そっとかざしてみる。

 

一体なぜ地蔵に供えられたはずのハサミが

あそこに落ちていたのか、

 

俺には知る由もなかったが、

 

こうして見ると何事もない、

ただのありふれたハサミにしか見えなかった。

 

「遅せぇな」

 

独り言を言ってしまったことに気づいて、

周囲を気にする。

 

さすがに、

 

コーヒーショップにハサミを持った男が

一人で居ては気持ちが悪いだろう。

 

そう思って一応念のために、

 

カモフラージュ用の文房具一式と

大学ノートを脇に置いてあった。

 

ふと思いついて、

 

汗をかいたコーラのグラスを持ち上げ、

白い紙で出来たコースターをつまんだ。

 

右手で持ったハサミを、

円の縁にあてがう。

 

深い意図があったわけではない。

 

ただ前回、

 

音響が破いたコースターの切れ端に残っていた、

鋭利な断面が気になっていたからだった。

 

軽く力を込めて、

刃を噛み合わせる。

 

その時、

予想外のことが起きた。

 

ぐにょりという鈍い感触とともに、

 

コースターが切れもせず、

ハサミの刃の間に変形して挟まったのだ。

 

首筋のあたりがゾワっとした。

 

ギチョン、

という音をさせてハサミを開く。

 

コースターがぽとりと、

テーブルの上に落ちた。

 

確かに少し厚みがあるとはいえ、

ただの紙なのだ。

 

切れないはずはない。

 

もう一度ハサミをよく見てみる。

 

そういえば、

持った時に何か違和感があった。

 

空中でチョキチョキと素振りをしてみると、

その正体に気づいた。

 

俺は左手にハサミを持ち替えて、

もう一度コースターに刃を立てる。

 

今度はシューッという小気味良い音とともに、

白い紙に切れ目が入っていった。

 

『左利き』用だ。

 

あるのは知っていたが、

現物を見たのは初めてだった。

 

俺は手元の赤いハサミと

コースターとを見比べながら、

 

笑いが込み上げてくるのを

抑えられなかった。

 

あの時、

音響は右の平手で俺の頬を叩いた。

 

怖がらせるような

意地の悪いことを言った俺を、

 

反射的に叩いてしまった彼女に

負い目を持ったのが、

 

この無謀な冒険のきっかけだ。

 

クールそうな彼女に、

そんなことをさせてしまったという負い目。

 

だがあの時の彼女には、

 

とっさに利き腕ではない方を

繰り出すだけの、

 

理性の働きが確かにあったのだった。

 

はめられたのかも知れない。

 

そういえば、

 

ノートに地図を描く時の彼女は、

左手でペンを握っていた気がする。

 

あの平手で俺がなにを感じるか、

計算ずくだったとするなら・・・

 

その時に初めて俺は、

 

あの暗い服を好む少女に、

好奇以上の興味を持ったのだった。

 

1週間後、

 

例のオカルト道の師匠と仰ぐ、

大学の先輩と会う機会があった。

 

お互いの近況を交換し合うなかで、

 

俺は鋏様の話と『黒い手』騒動の時の

少女と再び会ったことを話した。

 

師匠はニヤニヤと聞いていたが、

口を開いたかと思うと、

 

「僕ならその鋏様とやらの髪の毛、

ハサミでジョキジョキにしてやったのに」

 

と言い放ち、

 

俺は心底この人に頼らなくてよかったと、

胸をなでおろした。

 

(終)

次の話・・・「自動ドア 1/2

原作者ウニさんのページ(pixiv)

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