鋏 3/5

地蔵

 

「ちょっと待った。

 

ハサミってのは失恋で髪を切る羽目に

なるっていう比喩じゃないのか」

 

「わからない」

 

彼女は頭を振った。

 

「だって、

いま好きな男なんていないし。

 

失恋しようがないじゃない」

 

その言葉が真実なのか

判断がつかなかったが、

 

俺は続けて問いかけた。

 

「そのクラスの仲間に

名前を唱えられた女の中で、

 

実際に髪を切った、

もしくは『切られた』やつはいるか」

 

「知らない。

 

ホントに振られたコがいるって

話は聞いたけど、

 

髪の毛切ったかどうかまでは

わからない」

 

「その、鋏様の所に置いてきた

ハサミはどうした」

 

「・・・ほんとは見に行っちゃいけない

ってことになってるんだけど、

 

一昨日もう一度行ってみたら・・・

無くなってた」

 

音響は抑揚の薄い声を顰めると、

 

「どうしたらいいと思う?」

 

と続け、

顔を上げた。

 

「その前に、

もう少し教えて欲しい。

 

ハサミは一個も無かった?

自分のじゃないやつも?」

 

頷くのを見て、

腑に落ちない気持ちになる。

 

「おまじないの儀式としては、

ハサミは供えっぱなしで、

 

取りに戻っちゃいけない

ってことじゃないのか?

 

だったら、

 

どうして前の人が置いたはずの

ハサミが無いんだ」

 

願いが叶ったら取りに戻るという

話になっているのかと聞いても、

 

違うという。

 

誰かが地蔵の手入れをしてるような

様子はあったかと聞いたが、

 

完全に打ち捨てられているような場所で、

 

雑草はボウボウ、

花の一つも飾られていない、

 

人から忘れ去られているような

状態だというのだ。

 

何かおかしい。

 

なにより、

 

今さっき感じた嫌な空気の流れが、

事態の不可解さを強めている。

 

「なあ、

 

その鋏様っていうおまじまいは

昔からあるのかな。

 

先輩から語り継がれた噂とか」

 

「わからない。

たぶんそうじゃないかな」

 

「だったら、

噂が伝わる途中で、

 

その内容がズレて来てる

ってことはありうるね。

 

元は少し違うおまじない

だったのかも知れない。

 

たとえば」

 

言うまいか迷って、

やっぱり言った。

 

「ハサミを供えて、

 

死んで欲しい子の名前を

3回唱えれば・・・」

 

ガタンと丸い椅子が鳴り、

頬に熱い感触が走った。

 

「あ」と言って、

 

音響は立ったまま

自分の右手を見つめる。

 

平手だった。

 

「ごめんなさい」

 

そう言って俯く姿を見てしまうと、

頬の痛みなどもはやどうでもよく、

 

怯えている少女に、

 

わざわざ怖がらせるようなことを言った

自分の大人気なさに、

 

腹立ちを覚えるのだった。

 

「わかった。なんとかする」

 

安請け合いとは思わなかった。

 

司書をしているオカルト好きの

先輩に泣きつく前に、

 

自分の力でなんとか出来るんじゃないか

という算段が、

 

すでに頭の中に出来上がりつつあったのだ。

 

「とりあえず、

その鋏様の場所を教えてくれ」

 

頷くと、

 

音響はバッグから可愛らしいデザインの

ノートを取り出して、

 

地図を描き始めた。

 

案内する気はないようだった。

 

得体の知れないものに怯えている今は、

それも仕方がないのかも知れない。

 

山への上り口までは簡単だが、

 

地蔵のある場所までが

分かりにくいはずだった。

 

ところが、

 

途中の目立つ木のいくつかに、

印がしてあるのだという。

 

誰がつけたのかは

わからないそうだが、

 

過去から現在において

秘密を共有している、

 

女子生徒たちのいずれかなのだろう。

 

「でもあんまり期待すんなよ」

 

音響は神妙に頷いた。

 

「でも、どうして俺なんだ」

 

「さっき言った」

 

「2年も前のことを今更思い出したのか」

 

「・・・」

 

彼女はペンを止め、

それを指の上でくるくると器用に回す。

 

「あのくだらないサークルに一人、

ホンモノがいるって聞いてた。

 

倉野木っていうのが、

あなたじゃないの」

 

俺は思わず肩を揺すって笑った。

 

「人違いだ」

 

と言うと不審げに首をかしげていたが、

「まあいいわ」とペンを握り直した。

 

地図が出来上がると、

 

彼女はノートのページを破り取り、

俺に差し出した。

 

右上に小さく、

携帯電話の番号が書かれている。

 

「助けてくれたら、

メチャ可愛い友だちを紹介してあげる」

 

生意気なことを言うので、

 

「お前でも十分カワイイぞ」

 

と嘯いて反応を見たが、

憎らしいことに平然としている。

 

「じゃあ」

 

と言って席を立つ彼女へ、

とっさに声を掛けた。

 

「3つの地蔵のうち、

どれが鋏様なんだ」

 

立ち止まって、

半身でこちらをじっと見ている。

 

「いいだろう?

 

秘密を教えて、

おまじないの効果が消えたって。

 

むしろそれで解決じゃないか」

 

迷うような素振りを一瞬見せたあと、

音響は囁くような声でこう言った。

 

「みぎはし」

 

そして向き直ると、

 

逃げるような早足で、

店の自動ドアから出て行った。

 

暗闇に溶けていくように消えたその姿を、

しばらく目で追っていたが、

 

やがてテーブルの上の、

 

ふたつのグラスと破られたコースターの

残骸に視線が落ちる。

 

その欠片を手に取って、

なんとはなしに眺めていると、

 

不思議なことに気がついた。

 

指で裂かれた白いコースターは、

 

その裂け目に紙の繊維がほつれたような

跡が残っている。

 

ところがその破片のうち、

いくつかの断片に、

 

綺麗に切り取られたような

痕跡が見つかった。

 

まるで、

鋭利な刃物で裁断されたような跡が。

 

さっきのコースターを裂いた、

まるで夢遊病のような彼女の行動が、

 

これを隠すためだったかのような

気がしてくる。

 

渡されたノートのページを光にかざすと、

 

彼女の描いた赤いハサミのイラストが、

やけに禍々しく見えた。

 

※禍々しい(まがまがしい)

悪いことが起こりそうな予感をさせる。縁起が悪い。不吉。

 

(続く)鋏 4/5

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