怪物 「起」 4/5
そう言えば、
この辺りは最近来ていないなと思いながら、
ささやかな商店街を歩く。
そのあいだも頭はさっきの
石の雨のことを考えていた。
たくさんの目撃者もいるようだ。
なによりあの割れたガラスや瓦屋根、
そして怪我をした人間がその証拠だ。
石は降った。
それは間違いないだろう。
だが、どこからかなのか。
それが問題だった。
近くにもっと高いビルでもあれば、
その上の方の階や屋上から
ばら撒かれた可能性もあるが、
区画上の規制でもあるのか、
そんな高い建物は見当たらなかった。
飛行機?
でも航路ではなかったはず。
なにより、飛行機にあんな石なんて
積んだりするものだろうか。
ましてそれを落っことすなんて。
飛行機雲も残っていなかったし。
「・・・」
集中しすぎて、
行き過ぎてしまったのでバックする。
その目立たない文房具屋には、
何故かハサミがなかった。
店のオバサンに聞くと、
売り切れとのこと。
「眉毛切る細いのならあるよ」
という申し出を丁重に断り、
店を出る。
近くにあったもう一つの小さな文房具屋でも、
ハサミは置いてなかった。
というか、
他の客もいなければ、
店員もいなかった。
何か万引きでもしてやろうかと思った後、
やっぱりやめておくことにする。
そんなに差し迫って欲しかったつもりもないが、
ハサミごときが手に入らないとなると、
なんだかムカついてくる。
ちょっと遠いが、
デパートまで足を伸ばすことにした。
幸いにして、
そろそろ学校も昼休みになる時間だ。
お節介な人に見つかっても
言い訳のしようがある。
大通りを抜けてデパートに着くと、
さっそく雑貨のコーナーに向かう。
思ったより数が少なくてあまり選べなかったが、
中でも大きめの使いやすそうなものを購入した。
何か食べて行こうかと思いながら、
通りがかったフロア内の本屋に寄り道する。
特に探している本があったわけではなかったが、
適当に巡回していると、
その背表紙を見た瞬間に、
思わず棚から抜き出して手に取った。
『世界の怪奇現象ファイル』
晴れた日に空から不思議なものが
降ってくるという現象は、
どこかで聞いたことがあった。
パラパラと頁をめくっていると、
こんなタイトルの章があった。
『空からの落下物』
その話題に思ったより頁を割いていて、
ボリュームがある。
本をひっくり返して値段を確認した後、
レジに向かった。
昼ご飯は抜くことになった。
その日の夜、
晩御飯を食べながら夕刊を読んでいると、
母親に小言を言われた。
「まるでお父さんね」
大半は聞き流したが、
この一言が一番効いた。
いつもは食べながら新聞を読む
なんてことはしないのだけれど、
今日はどうしても気になることがあったのだ。
なのにこの言われようはなんだ。
「今度お父さんが食べながら読んでたら、
まるでちひろねって言ってあげれば」
と反撃したが、
3倍くらいにして言い返されたので、
もう黙る。
『真昼の椿事?石の雨』
※椿事(ちんじ)
珍しい、変わった出来事。
他のローカル記事に埋もれていたが、
そんな小見出しをようやく見つけた。
午前中のことだったから、
やはり夕刊に間に合ったらしい。
それは短い記事だったが、
あの路地に降った石の雨のことを
取り上げていた。
軽傷者4名。
被害にあった建物は13棟。
救急車に乗った人も、
大した怪我ではなかったらしい。
目撃者の談話が載っていた。
『バリバリという大きな音のあと、
急に空から石がバラバラと降って来た。
最初は雹かと思った』
音か。
私が聞いた気がしたのは、
その音だったのだろうか。
『住民も首を捻っている』
そんな言葉でその記事は締めくくられ、
結局は石の雨の正体はわからないままだ。
「ごちそうさま」
と言って席を立つ。
残した料理のことについて、
母親に小言を言われることは
目に見えていたので、
早足でダイニングを出ると、
背中を追いかけてくる言葉を無視して
2階の自分の部屋に逃げ込む。
ドアを後ろ手で閉めると、
テーブルの上に置いたままの
紙袋を手にとって、
『世界の怪奇現象ファイル』
を取り出し、
ゴロンとじゅうたんに寝転んだ。
つけておいた折り目を目印に、
目当ての頁をすぐに探し当てる。
『空からの落下物』
の章にはこうある。
『にわかには信じられない話だが、
この世には空から雨以外の奇妙なものが
降ってく来るという現象がある。
それは魚介類やカエル、氷や石、
それに肉や血や金属や穀物、
そして紙幣など実に多種多様なものだ。
それらは紀元前の昔より、
世界中で多くの人に目撃されており、
この現象に興味を持った超常現象研究家
チャールズ・フォートにより、
「ファフロツキーズ
(FAllS FROM THE SKIES)」
と命名された・・・』
(続く)怪物 「起」 5/5