怪物 「承」 2/4

エキドナ

 

一つ一つを取ると、

『不思議だね』という言葉で終わってしまい、

 

1ヶ月もすると忘れられる程度の

噂話なのかも知れない。

 

けれど、

 

そのどれもが昨日のたった一日で

起こったのだと考えると、

 

薄ら寒くなってくる。

 

3時間目の休み時間には

私も自然な風を装って、

 

クラスメートたちの噂話の輪に入り込む。

 

そのグループでは、

 

情報通の親から仕入れたらしい噂を、

興奮気味に話す子が中心になっていた。

 

「そのコンビニが凄かったらしいよ。

 

誰も触ってないのにアイスのボックスの

カバーが開いたり、

 

電気がいきなり消えたり、

勝手にシフトが動いたり、

 

なんにもしてないのに、

 

棚の雑誌がパラパラめくれたり

したらしいよ」

 

シフトは関係ないだろうと

思いながら聞いていたが、

 

なんだか段々と内容が扇情的に

なってきている気がする。

 

※扇情的(せんじょうてき)

感情や情欲をあおりたてるさま。

 

どこまでが本当なのか分からない。

 

昼休みには、

いつもよりゆっくりお弁当を食べながら、

 

複数のグループのお喋りに

耳を尖らせていた。

 

「あとさぁ。今日の朝、

なんか変な音がしてたんだよね」

 

そんな言葉にピクリと反応する。

 

喋ったその子にお箸を向けて、

別の子が、

 

「あ、あたしの近所も。

 

どっかで朝っぱらから工事してんのよ。

騒音公害よね」

 

と言った。

 

私の中にインスピレーションが走り、

席を立つ。

 

そして、

 

校内に一つだけある公衆電話に

早足で向かった。

 

電話の周囲にはほとんど人がいない。

 

何故か分からないが、

あまり目立ちたくなかったので好都合だ。

 

備え付けの電話帳で、

市役所の番号を探す。

 

どこが担当なのか分からないので、

代表番号に掛けて内容を告げる。

 

『内線でお繋ぎします』

 

という言葉のあと、

 

保留音をたっぷり聞かされてから、

ようやく電話の相手が出た。

 

聞きたいことを単刀直入に話す。

 

苛立ったような声が返ってきた。

 

『あのですね。

 

今、市内でそんな公共工事は

やっていません。

 

じゃあ、民間企業の騒音公害だ、

って言われても、

 

それがどこでやってるのかも分からないじゃ、

注意のしようもないでしょう?

 

朝からなんなんですか一体』

 

聞きもしないことまで返ってきた。

 

そして電話は切られる。

 

思わず時計を見るが、

12時を回っている。

 

ということは、

 

朝からとは、

別の人からの電話のことらしい。

 

それも、

1件や2件ではなさそうだ。

 

分かったことは、

 

市内の恐らく複数の場所で、

工事をするような音が聞こえている、

 

ということ。

 

しかも、どこで行われているのか

誰にも分からない工事が。

 

一体、これはなんだ?

 

なにかが私たちの周囲で起こりつつあるのに、

それがなんなのか未だに分からない。

 

ただ、すべてが見えない糸で

繋がっていることだけは分かる。

 

鳴かないスズメ。

 

思い出せない怖い夢。

 

落ちてくる石。

 

引き抜かれる並木。

 

音だけの工事。

 

街中で起こった奇妙な出来事。

 

表面の手触りに騙されてはいけない。

 

本質から眼を逸らしてはいけない。

 

公衆電話の前で、

私の心は静かになっていった。

 

廊下へ向けて歩き出す。

 

あいつはいるだろうか。

 

会わなくてはいけない。

 

そして聞かなくては。

 

すれ違う女子学生たちと、

私は同じ服を着ている。

 

彼女たちは教材を抱いている。

 

もたれるように笑い合っている。

 

パンと牛乳を持って歩いている。

 

私は教室へ急いでいる。

 

けれどそこには明らかな断絶がある。

 

それは、

 

私自身が一方的に作ってしまった

断絶なのかも知れない。

 

でも、その断絶を心地よく感じている

自分がいる。

 

同じ噂を聞いているのに、

私だけは日常から足を踏み外している。

 

探ろうとしているのだ。

 

次に起こることを。

 

そして、

どう備えるべきかを。

 

自嘲気味に笑った瞬間を、

 

廊下の向こうから来た女子に見られ、

変な顔をされる。

 

見たことがある子だ。

 

同じ1年生だろうか。

 

また怖がられるな。

 

案外とウジウジしたことを考えている

自分に気づき、

 

軽く頬を張る。

 

その教室に着いた時、

 

廊下側の窓際でお喋りをしている

数人の女子がいた。

 

その中の一人に、

遠目から話しかける。

 

「石川さん、あいつ、今日来てる?」

 

その子はこちらをチラリと見て、

人差し指を教室に向ける。

 

私は「ありがとう」と言って、

教室のドアに手をかけた。

 

自分のクラスではないが、

 

このところココへ来ることが

増えつつある気がする。

 

教室の中は、

 

どこにでもあるようなざわざわとした

空気が満ちていたが、

 

明らかに異質な雰囲気が、

隅の方の一角から漂っている。

 

説明し難いが、

 

眼に見えない透明な泡がその辺りを

覆っているような感じがする。

 

このクラスの連中は、

みんなこれに気づいているのだろうか。

 

その泡の中心に、

 

氷で出来たような笑みを表情に張り付かせた、

短い髪の女が座っている。

 

間崎京子という名前だ。

 

教室に入ってきた私に気づいたのか、

 

周囲にいた数人の子に何事かを告げて、

席から離れさせたようだ。

 

取り巻きが出来つつあるというのは

本当らしい。

 

この油断ならない女の、

どこにそんな魅力があるのか分からない。

 

「聞きたいことがある。

ちょっと出られるか」

 

なにか意地の悪い軽口でも

出そうな気配だったが、

 

意外にも彼女は頷いただけで

立ち上がった。

 

(続く)怪物 「承」 3/4

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