声 2/2
俺はなにか義務感のようなものに駆られて、
ふたたびドアへ近づく。
ノブに手をかけて深呼吸をする。
あの悲鳴を聞いた時の、
心臓が冷えるような感覚が蘇って、
生唾を飲んだ。
このドアの向こうに悲鳴の主か、
あるいは関係する何かがある。
そう思うだけで足が竦みそうになる。
「開けますよ」
と彼女に確認するように言った。
でもそれはきっと、
自分自身に向けた言葉なのだろう。
目をつぶってノブを引いた。
いや、
つぶったつもりだった。
しかしなぜか俺は、
目を開けたままドアを開け放っていた。
吸い込まれそうな闇があり、
その瞬間、
彼女が俺の背後で
「キャーッ!!」
という絶叫を上げたのだった。
寿命が確実に縮むような衝撃を受けて、
俺はそれでもドアノブを離さなかった。
室内は暗く何も見えない。
暗さに慣れたはずの目にも見えないのに、
一体彼女は何に叫んだのか。
じっと闇を見つめた。
中に入ろうとするが、
磁場のようなものに体が拒否
されているように動けない。
いや、
単にビビッていただけなのだろう。
俺はしばらくそのままの姿勢でいたが、
やがて首だけを巡らせて
後ろを向こうとした。
一体彼女は何に叫んだのか。
その時、
あることに気がついた。
この廊下の一角は、
あまりに静かだった。
やって来た時と変わらずに。
さっきの彼女の叫び声に、
このサークル棟の誰も様子を見に来ない。
中途半端な位置で止まった頭の
その視線の端で、
彼女が壁際に立っているのが見える。
しかし、
その姿が薄闇の中に混じるように
希薄になっていき、
俺の視界の中で音も無く、
さっきまで人だったものが
『気配』になっていこうとしていた。
ドアの向こうの闇から、
なにか目に見えない手のようなものが
伸びてくるイメージが頭に浮かび、
俺はドアノブから手を離して逃げた。
背後でドアが閉じる音が聞こえ、
彼女の気配がその中へ
消えていったような気がした。
自分の部室に戻ると、
みんなさっきと同じ格好で
同じことをしていた。
胸を押さえて座り込むと、
師匠が薄目を開けて、
「無視しろって言ったのに」
と呟いてまた寝始めた。
マリオはタイムオーバーで死んでいた。
その後、
時々あのサークル棟の端の一角を気にして、
通りすがりに廊下から覗き込むことがあった。
昼間は何事もないが、
人気のない夜には、
あのドアの前のあたりに、
人影のようなものを見ることがあった。
しかし、大学を卒業するまで、
もう二度と近づくことはなかった。
(終)
次の話・・・「家鳴り 1/3」