10円 1/2

10円

 

大学1回生の春。

 

休日に僕は自転車で街に出ていた。

 

まだその新しい街に慣れていない頃で、

古着屋など気の利いた店を知らない僕は、

 

とりあえず中心街の大きな百貨店に入り、

メンズ服などを物色しながらうろうろしていた。

 

そのテナントの一つに

小さなペットショップがあり、

 

何気なく立ち寄ってみると、

 

見覚えのある人が

ハムスターのコーナーにいた。

 

腰を屈めて、

 

落ち着きのない小さな動物の動きを

熱心に目で追いかけている。

 

一瞬誰だったか思い出せなかったが、

 

すぐについこのあいだ、

オフ会で会った人だと分かる。

 

地元のオカルト系ネット掲示板に

出入りし始めた頃だった。

 

彼女もこちらの視線に気づいたようで、

顔を上げた。

 

「あ、こないだの」

 

「あ、どうも」

 

とりあえずそんな挨拶を交わしたが、

彼女が人差し指を眉間にあてて、

 

「あー、なんだっけ。ハンドルネーム」

 

と言うので、

僕は本名を名乗った。

 

彼女のハンドルネームは、

確か京介と言ったはずだ。

 

少し年上で背の高い女性だった。

 

買い物かと聞くので

見てるだけですと答えると、

 

「ちょっと付き合わないか」

 

と言われた。

 

ドキドキした。

 

男から見てもカッコよくて、

 

一緒に歩いているだけでなんだか

自慢げな気持ちになるような人だったから。

 

「はい」と答えたものの、

「ちょっと待て」と手で制され、

 

僕は彼女が納得いくまでハムスターを

観察するのを待つはめになった。

 

変な人だと思った。

 

京介さんは「喉が渇いたな」と言い、

百貨店内の喫茶店に僕を連れて行った。

 

向かい合って席に座り、

 

先日のオフ会で僕がこうむった

恐怖体験のことを暫し語り合った。

 

気さくな雰囲気の人ではないが、

 

聞き上手というのか、

そのさばさばした相槌に、

 

こちらの言いたいことがスムーズに

流れ出るような感じだった。

 

けれど僕は、

 

彼女の表情にふとした瞬間に浮かぶ

陰のようなものを感じて、

 

それが会話の微妙な違和感になっていった。

 

話が途切れ、

二人とも自分の飲み物に手を伸ばす。

 

急に周囲の雑音が大きくなった気がした。

 

もともと人見知りする方で、

こういう緊張感に耐えられないタチの僕は、

 

なんとか話題を探そうと頭を回転させた。

 

そして特に深い考えもなく、

こんなことを口走った。

 

「僕、霊感が強い方なんですけど、

 

このビルに入った時から

なんか首筋がチリチリして、

 

変な感じなんですよね」

 

デマカセだった。

 

オカルトが好きな人ならこういう話に

乗ってくるんじゃないかという、

 

ただそれだけの意図だった。

 

ところが京介さんの目が細くなり、

急に引き締まったような顔をした。

 

「そうか」

 

なにか不味いことを言っただろうか、

と不安になった。

 

「このあたりは」

 

と、コーヒーを置いて口を開く。

 

「このあたりは、

戦時中に激しい空襲があったんだ。

 

B29の編隊が空を覆って、

 

焼夷弾から逃れてこの店の地下に

逃げ込んだ人たちが大勢いたんだけど、

 

焼夷弾(wikipedia)

 

煙と炎に巻かれて、

逃げ場もなくなってみんな死んでいった」

 

淡々と語るその口調には、

 

非難めいたものも、好奇も、

怒りもなかった。

 

ただ語ることに真摯だった。

 

僕はその時、

この女性が地元の生まれなんだとわかった。

 

「まだ夜も明けない時間だったそうだ」

 

そう言って、

再びカップに手を伸ばす。

 

後悔した。

 

無責任なことを言うんじゃなかった。

 

情けなくて気が滅入った。

 

京介さんは暫し天井のあたりに

視線を漂わせていたが、

 

僕の様子を見て「オイ」と、

身を乗り出した。

 

そして、

 

「元気出せ少年」と笑い、

「いいもの見せてやるから」と、

 

ジーンズのポケットを探り始めた。

 

なんだろうと思う僕の目の前で

京介さんは黒い財布を取り出し、

 

中から硬貨を1枚出して、

テーブルの上に置いた。

 

10円玉だった。

 

なんの変哲もないように見える。

 

頷くので手に取ってみると、

 

表には何もないが、

10と書いてある裏面を返すと、

 

そこには見慣れない模様があった。

 

(続く)10円 2/2

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