図書館 2/2

図書館

 

「あ」

 

師匠にぶつかって立ち止まる。

 

闇の中でのジェスチャーに従い、

その場に座り込む。

 

「その、エアポケットみたいな場所って」

 

ヒソヒソ声が言う。

 

「人間には居心地の悪い空間でも、

霊魂にとってはそうじゃない。

 

むしろ、霊魂がそこを通るから、

人間には避けたくなるんだろう」

 

「霊道ってやつですか」

 

首を振る気配がある。

 

「道って言葉はしっくり来ないな。

どちらかというと、穴。

 

そうだな。穴だ」

 

そんな言葉が、

 

静まり返った書庫の空気を

微かに振るわせる。

 

そして師匠は、

 

この図書館が立っている場所には、

かつて旧日本軍の施設があった、

 

という話をした。

 

それは知っている。

 

大学の中にはそのことにまつわる

怪談話も多い。

 

「この真下に巨大な穴がある。

掘ったらとんでもないものが出てくるよ。

 

たぶん」

 

そう言って、

コツ、コツと床を指で叩く。

 

「だからそこに吸い込まれるように、

 

昔からこの図書館には霊が通る、

そういう穴がたくさんある」

 

沈黙があった。

 

師匠が叩いた床をなぞる。

 

長い時間の果てに降り積もった埃が、

指先にこびりついた。

 

ふいに足音を聞いた気がした。

 

耳を澄ますと、

遠いような近いような場所から、

 

確かに誰かが足を引きずる様な

音が聞こえてくる。

 

腰を浮かしかけると、

師匠の手がそれを遮る。

 

その音は背後から聞こえたかと思うと、

右回りに正面方向から聞こえ始める。

 

本棚の向こうを覗き込む気にはなれない。

 

歩く気配は続く。

 

それも、明らかに二人のいる、

この場所を探している。

 

それがわかる。

 

この真夜中の書庫という空間に、

人間は俺たち二人しかいない。

 

それもわかる。

 

奥歯の間から抜けるような嘲笑が聞こえ、

師匠の方を向くと、

 

「あれはこっちには来られないよ」

 

という囁きが返ってくる。

 

「結界というのがあるだろう。

 

茶道では、主人と客の領域を

分けるための仕切りのことだ。

 

竹や木で作るものが一般的だが、

 

僕が最も美しいと思うものが、

書物で作る結界だよ。

 

そして仏道では、

 

結界は僧を犯す俗を

妨げるものが結界であり、

 

密教でははっきりと、

魔を塞ぐものをそう言う。

 

結界の張り方は様々あるけれど、

 

古今、本で作るものほど

美しいものはない」

 

ザリザリ。

 

革が上下に擦られるような

そんな音をさせて、

 

師匠は背後にそびえる棚から、

一冊の本を抜き取った。

 

暗い色合いのカバーで、

タイトルは読めない。

 

「これは僕がここに仕込んだ本だよ。

 

どうすれば相応しい場所に

相応しい本を置けるか、

 

ひたすら研究して、

そしてここに通い詰めた。

 

おかげで、

 

図書館学にはいっぱしの見識を

身に着けたけどね。

 

教授を騙して寄贈させたり、

どのスペースが次に埋まるか。

 

その前に、

どの本が次に書庫送りになるか。

 

その前に、

 

それに影響を与える本が

果たして次に購入されるのか。

 

計算しても上手くいかないことも多い。

 

こっそり入れ替えても、

 

書庫とはいえ、

いつの間にか直されてるから。

 

どうしても修正できない時は、

まあ、多少非合法的な手段も取った・・・」

 

足音が増えた。

 

歩幅の違うふたつの音が、

 

遠くなったり近くなったりしながら

周囲を回っている。

 

片方は苛立っている。

 

片方は悲しんでいるような気がした。

 

そして俺には、

 

一体なにがここに来たがっている

その二つの気配を遮っているのか、

 

全くわからない。

 

左肩の方から右肩の方へ、

 

微かに古い紙の匂いが漂う気流が

通り抜けているだけだ。

 

視界は狭く、

先は暗幕が掛かったように見通せない。

 

「僕が書庫の穴を塞いだ頃から

流れが変わったのか、

 

外の穴まで虫食いみたいに乱れ始めた。

 

こんなことができるんだよ、

たかが本で」

 

師匠は嬉しそうに言う。

 

今の話には、

動機にあたる部分がなかった。

 

けれど、

 

『何故こんなことをするんですか』

 

という問いを発しようにも、

 

『こんなことができるんだよ、

たかが本で』

 

というその言葉しか、

答えがないような気がした。

 

延々と足音は回り続ける。

 

その数が増えたり減ったりしながら

苛立ちと悲しみの気配が大きくなり、

 

空気を満たす。

 

肌を刺すような緊張感が迫ってくる。

 

俺は目に見えない防壁に、

すべてを託して目を閉じた。

 

いつか『そのくらいにしておけ』と言う、

人ならぬものの声が、

 

俺の耳元で人間のルールの終わりを

告げるような気がして、

 

両手で耳も塞いだ。

 

他に閉じるものはないだろうか、

と思った時、

 

俺の中の得体の知れない感覚器が、

足元のずっと下にある何かを知覚した。

 

巨大な穴のイメージ。

 

師匠の言う『穴』を『霊道』に

置き換えるならば、

 

下に向かう霊道なんてものが

存在していいのだろうか。

 

この感覚を閉じるには、

どうしたらいいのか。

 

震えながら朝を待った。

 

その書庫も、

今では立ち入り禁止になっているらしい。

 

消防法がどうとかいう話を

耳にはしたけれど、

 

どうだかわからない。

 

師匠が司書をしていた期間と、

なにか関係があるような気がしているが・・・

 

はたして。

 

(終)

次の話・・・「田舎(前編) 1/3

原作者ウニさんのページ(pixiv)

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