追跡 1/5

冊子

 

大学1回生の冬。

 

朝っぱらからサークルの部室で

コタツに入ったまま動けなくなり、

 

俺は早々に今日の講義の

サボタージュを決め込んでいた。

 

何人かが入れ替わり立ち代りに

コンビニのビニール袋を手に現れては、

 

コタツで暖まったあとに去って行った。

 

やがて一人だけになってしまい、

 

俺もやっぱり講義に出ようかなぁと

考えては窓の外を眺め、

 

その冬空に首を竦めて、

もう一度コタツに深く沈み込むのだった。

 

うとうとしていたことに気付き、

 

軽く伸びをして、

そのまま後ろへ倒れ込む。

 

その姿勢のまま手を伸ばして、

頭の上の方にあるラックをゴソゴソと漁り、

 

昔のサークルノートを引っ張り出しては

読み耽(ふけ)っていた。

 

ふと、ラックの隅に、

ノートではない小冊子を見つけた。

 

ズルズルと引き抜く。

 

『追跡』

 

という題が表紙についている。

 

何かの花を象った、

 

切り絵のようなイラストが

添えられているそれは、

 

どうやら個人で作った、

 

ホッチキス止めの同人誌

のようなものらしい。

 

A4の再生紙で、

60ページほどの厚さだ。

 

パラパラとめくってみると、

中は活字ばかりだった。

 

・・・真夜中わたしの部屋の上を、

巨人がまたいでいきます。

 

巨人は重さもなく、

 

匂いもなく、

音も出さず、

 

透明で決して目に見えず、

手に触れることもできません。

 

そして裏の森から、

 

街の明かりがうっすらと光る方へ

しずしず、しずしずと歩くのです。

 

・・・

 

短編小説のようだ。

 

『巨人』

 

という題名がついている。

 

俺は何枚かページを飛ばした。

 

・・・公園で遊んでいた女の子を

(さら)ったのは、

 

ペットの犬を亡くしたからだった。

 

家の地下室で飼い始めたものの、

ちっとも懐かないので目を潰してみた。

 

すると、

少女はすっかり従順になり、

 

ペットとして相応しい態度を

見せ始めたのだった。

 

食事は一日2回。

 

仕事に行く前と帰った後に与えた。

 

出入り口は一つだけ。

 

私が現れそして消える、

鍵の掛かったドア。

 

少女に名前はない。

 

私はペットに名前をつけない。

 

2年が経った。

 

ふと思いついて、

地下室の壁に羽目殺しの窓を打ちつけた。

 

もちろん、ただの飾りだ。

 

向こうには何もない。

 

少女にはこう言った。

 

「窓の向こうは海だよ」

 

・・・

 

なんだか気持ちが悪くなって、

冊子を伏せた。

 

さっきとは別の話のようだったが、

 

このあと愉快な展開が

待っているようには思えない。

 

またページを飛ばす。

 

今日も人間もどきを探して歩く。

 

人間もどきは人間のつもりなのだ。

 

人間のように食べて、

人間のように働いて、

 

人間のように笑ったり泣いたりする。

 

ぼくは人間もどきを道端で、

 

公園で、トンネルで、校舎で、

ビルディングの中で、

 

そして時々人の家の中で見つけては、

そいつの耳元でこう囁くのだ。

 

「あなたは人間じゃないよ」

 

そうすると人間もどきは、

トロトロと溶けるように消えていく。

 

あとには何も残らない。

 

ぼくの町は随分閑散としてきた。

 

あと何匹の人間もどきがいるのだろう。

 

はやくぼくは一人になりたい。

 

そうすれば誰も、

 

ぼくの耳元に秘密の言葉を

囁くことはないから。

 

これは短かったので全部読んだ。

 

『人間もどき』

 

という題がついている。

 

いずれも気味の悪い話ばかりだ。

 

こんな冊子を自分で作ろうなんて人間は、

さぞかし根の暗い奴だろう。

 

俺は最後のページを開いて、

奥付を見た。

 

日付は2年前だ。

 

発行者は『カヰ=ロアナーク』とある。

 

『ロアノーク島の怪』を

もじっているらしいが、

 

なるほど、

趣味がわかりそうなものだ。

 

こんなものを作りそうな先輩を

思い浮かべようとして、

 

天井を見る。

 

すると一人だけ浮かんだ。

 

サークルにはほとんど顔を出さない女性で、

たまに来たと思っても、

 

持参したノートパソコンで

ひたすら文章を打っている。

 

何を書いているのかと思って

覗こうとしても、

 

「エッチ」呼ばわりされて、

見せてくれない。

 

なるほど、

あの人かと思いながら、

 

もう一度パラパラと

ページをめくってみる。

 

『追跡』という表題作らしきものを、

冊子の中ほどに発見して手を止める。

 

サークルの部室で講義をサボって

ゴロゴロしていた男が、

 

古い冊子を本棚に見つけて手に取る、

というシーンが冒頭だ。

 

手に取ったその冊子の題は『追跡』。

 

おお、

メタ構造になってるぞ。

 

※メタ構造(メタフィクション/wikipedia)

 

そう思って読んでいたが、

日付は2年前だ。

 

文章中のこの部分で、

ぞわっと背筋を走るものがあった。

 

題名の一致は良い。

 

俺と状況が似た男が出てくるのもまあ、

 

典型的ダメ学生を生産する

サークルの体質からして、

 

偶然の範疇だろう。

 

だが、

 

奥付の日付が『2年前』というのは、

一体どういう一致だろう。

 

少しドキドキしながら読み進める。

 

小説はこのあと、

失踪したサークルの先輩の足跡を、

 

作中作の『追跡』に見出した主人公が、

 

困惑しながらもそれを頼りに

街へ捜索に出かけるという筋だ。

 

※作中作(劇中劇/wikipedia)

 

失踪したサークルの先輩とは誰なのか、

詳しい描写はない。

 

作中作である『追跡』の具体的内容にも

触れられていない。

 

ただそれが、

 

失踪したサークルの先輩の

行く先を啓示していると、

 

なぜか主人公は知っている。

 

総じて説明不足で、

まるで読者を意識していないような文章だ。

 

全く面白くない。

 

全く面白くないからこそ、

不気味だった。

 

心の準備が出来るまで、

次のページには行かない方が良い。

 

そんな一文が、

左ページのラストにある。

 

それまでの展開とは関係なしに、

不自然な形で織り込まれている。

 

思わず手が止まる。

 

主人公が最初に向かう先がどこなのか、

次のページに行かないとわからない。

 

心の準備ってなんだ?

 

ページをめくる手が固まる。

 

嫌な予感がする。

 

次の瞬間、

 

部室のドアをノックする音が聞こえて、

飛び上がるほど驚いた。

 

ドアを開けて滑り込むように

入ってきたのは、

 

まさしくこの冊子の作者と

推測される女性だった。

 

どう考えても偶然ではない。

 

殻から半分出たカタツムリのような

変な格好の俺とコタツを一瞥して、

 

彼女は「あの人を見なかったか」と言う。

 

あの人とは彼女の恋人であり、

俺のオカルト道の師匠でもある、

 

サークルの先輩に他ならない。

 

ここには来ていないと答えると、

「そう」と言い置いて立ち去ろうとする。

 

俺は慌てて持っている冊子を広げながら、

 

「これを書きましたか」

 

と聞いた。

 

一瞬目を見開いたあと、

 

「思い出せない理由がわかった」

 

と言って、

こちらに戻ってきた。

 

彼女は、

説明し難い不思議な力を持っている。

 

それは、

 

勘が鋭いという表現では生ぬるい、

まるで予知能力とでも言うべき感性だった。

 

それも、

エドガー=ケイシーのように、

 

予知夢のようなものを

見ているらしいのだが、

 

目が覚めると

それを忘れてしまっている。

 

そして、

 

日常の中のふとした拍子に

それを思い出すのだという。

 

このことを端的に言い表すなら、

 

『未来を思い出す』

 

という奇妙な表現になってしまう。

 

いつだったか、

 

街中で傘をさして歩いている彼女を

見かけたことがあった。

 

空は晴れていたのに。

 

俺は急いでコンビニに走り、

ビニール傘を買った。

 

きっとこれから、

突然天気が崩れるに違いないから。

 

ところがいつまで経っても雨は降らず、

結局ビニール傘は無駄になってしまった。

 

次の日たまたま彼女に会い、

そのことを非難めいた口調で語ると、

 

あっさりとこう言うのである。

 

「あれ、日傘」

 

脱力した。

 

自分のバカさ加減に笑ってしまう。

 

しかしその日のニュースで、

 

前日の紫外線量が去年の最大値を

記録した日よりも多かった、

 

ということを知り驚いた。

 

彼女は実に不思議な人だった。

 

「その本、どこから出てきたの」

 

聞かれてラックを指さす。

 

彼女は、

 

「そんなとこにあったんだ」

 

と首を傾げてから、

 

「作ったことも忘れてた」

 

と言った。

 

この数日、

師匠と連絡が取れないと彼女。

 

「え?」

 

と俺は聞き返す。

 

彼を探しているのに見つからず、

変な胸騒ぎがするのに、

 

これから何が起ころうとしているのか、

全く『思い出せない』のだと言う。

 

そういえば俺も、

ここ最近彼を見ていない。

 

曰く、携帯も通じないし、

車はあるのに家に居ないのだそうだ。

 

その原因がこの本だと言って、

彼女は指をさした。

 

思わず取り落としそうになる。

 

(続く)追跡 2/5

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