追跡 4/5

冊子

 

「ここから東へ歩きます」

 

と言ったものの、

 

二人とも土地勘がなく、

困ってしまった。

 

近くで周辺の地図を描いた

看板を見つけて、

 

その現在位置から、

かろうじて方角を割り出す。

 

ページ内を読み進めると、

どうやら廃工場にたどり着くらしい。

 

顔を上げるが、

まだそのシルエットは見えない。

 

川が近いらしく、

微かに湿った風が頬を撫でていく。

 

寒さに上着の襟を直した。

 

『うしろすがたに会った』

 

急にこんな一文が出てくる。

 

前後を読んでもよくわからない。

 

誰かの後ろ姿を見た、

ということだろうか。

 

住宅街なのだろうが、

寂れていて俺たちの他に人影もない。

 

右手には背の低い雑草が

生い茂る空き地があり、

 

左手には高い塀が続いている。

 

明かりといえば、

 

思い出したように数十メートル間隔で

街灯が立っているだけだ。

 

その道の向こう側から、

誰かの足音が聞こえ始めた。

 

そしてほどなくして、

 

暗闇の中から中肉中背の

男性の背中が現れた。

 

確かにこちらに向かって

歩いて来ているのに、

 

それはどう見ても後ろ姿なのだった。

 

服だけを逆に着ているわけではない。

 

夜にこんな人気のない場所で

後ろ向きに歩いている人なんて、

 

どう考えてもまともな人間じゃない。

 

俺は見て見ぬ振りをしながら、

それをやり過ごそうと道の端に寄って、

 

早足で通り過ぎた。

 

そして、

 

どんなツラしてるんだと、

こっそり振り返ってみると、

 

ゾクリと首筋に冷たいものが走った。

 

後ろ姿だった。

 

後ろ姿がさっきと同じ歩調で

歩き去っていく。

 

横を通り過ぎた一瞬に、

向き直ったのだろうか。

 

いや、

そんな気配はなかった。

 

足を止める俺に、

彼女がどうしたのと訊く。

 

「あれを」と震える指先で示すと、

彼女は首を捻って「なに?」と言う。

 

彼女には見えないらしい。

 

そして俺の視界からも、

後ろ姿はゆっくりと消えていった。

 

闇の中へと。

 

『追跡』から読み取る限り、

師匠の行く先とは関係がないようだ。

 

あんなサラッと読み飛ばせそうな

部分だったのに、

 

俺の肝っ玉はすっかり

縮み上がってしまった。

 

廃工場の黒々としたシルエットが、

 

目の前に現れた頃には

すっかり足が竦んで、

 

ホントにこんなところに師匠がいるのかと、

気弱になってしまっていた。

 

「で?工場に着いたけど」

 

崩れかけたブロック塀の内側に入り、

彼女が振り向く。

 

続きを読めと言っているのだ。

 

俺は震える手でペンライトをかざし、

ページをめくる。

 

呼びかけに答える声を頼りに、

奥へと進む。

 

そのまま読み進め、

 

心の準備云々の一文が無かったので、

続けてページをめくる。

 

本当にこれで、

師匠を見つけられるのだろうか。

 

俺は恐る恐る工場の敷地に入っていき、

師匠の名前を叫んだ。

 

トタンの波板が風にたわむ音に紛れて、

微かな応えが聞こえた気がする。

 

空っぽの倉庫をいくつか通り過ぎ、

敷地の隅にあったプレハブの前に立つ。

 

ペンライトの僅かな明かりに照らされて、

 

スプレーやペンキの落書きだらけの

外装が浮かび上がる。

 

その全面に蔦が絡み付いて、

 

廃棄された物悲しい風情を

(かも)し出している。

 

小声でもう一度呼んでみる。

 

その瞬間、

 

中からガタンという、

何か金属製のものが倒れる音がして、

 

「ここだ」

 

という弱々しい声が続く。

 

蹴られた跡なのか、

 

誰かの足跡だらけの入り口のドアは

すぐ見つかったが、

 

ドアノブを捻ってみても、

やはり鍵が掛かっている。

 

「無駄だ。

あいつら何故か合鍵持ってるんだ」

 

と言う、中からの声に、

 

「裏の窓から入ればいいんでしょう」

 

と答えると、

師匠は少し押し黙ったあと、

 

「彼女がいるのか」

 

と訊いた。

 

その通りだと答えたあとで、

俺はプレハブの裏に回る。

 

かなり高い位置に窓はあったが、

 

壁に立てかけられた廃材を

なんとか利用してよじ登る。

 

割るまでもなく、

 

すでにガラスなど残ってはいない窓から、

体を滑り込ませる。

 

中は暗い。

 

何も見えない。

 

口にくわえたペンライトを下に向けると、

なんとか足場はありそうだ。

 

錆付いた何かの骨組みを伝って、

下に降りる。

 

「ここだ」

 

という声に、

 

踏み場もないほどプラスティックやら鋼材やらで

散らかった足元に気をつけながら進み、

 

ようやく師匠らしき人影を発見した。

 

鉄製の柱を抱くように座り込んでいる。

 

よく見ると、

その手には手錠が掛けられている。

 

自分の手と手錠とで

柱を巻くような輪っかを作ることで、

 

自由を奪われているのだ。

 

顔をライトで照らすと、

「眩しい」と言ってすぐに逸らしたが、

 

かなり憔悴していることはわかった。

 

そして、

殴られたような顔の腫れにも気付いた。

 

「ツルハシみたいのがあるはずです」

 

と言うと、

 

師匠は少し考えるように

頭を振ったあと、

 

「あの辺にあったかな」

 

と部屋の隅を顎で指した。

 

暗くてよく見えないので、

半ば手探りで探す。

 

錆びてささくれ立った金属片が、

指に傷をつける。

 

俺は構わずに進み、

ようやく目的のものを発見した。

 

柱のところに戻り、

 

出来るだけ手を引っ込めておくように

指示してから、

 

手錠の鎖の部分に狙いをつける。

 

暗いので何度も軌道を確認しながら、

五分の力でツルハシの先端を打ちつけた。

 

ゴキンという音とともに

パッと火花が散り、

 

師匠から「もう一発」

という声がかかる。

 

手錠とは言っても、

所詮安っぽい作りのおもちゃだ。

 

次の一撃で、

鎖は完全に千切れ飛んだ。

 

「肩、かして」

 

と言う師匠を支えながら、

出入り口のドアに向かう。

 

鍵が掛かっていたが、

中からは手動で解除できた。

 

ようやくプレハブの外に出た時には、

入ってから20分余りも経過していたと思う。

 

外には彼女が待っていて、

 

師匠は片手を挙げて、

 

「いつも、すまん」

 

と言った。

 

暗くて彼女の表情までは伺えなかった。

 

師匠はナンパした女と

ホテルに行ったまでは良かったが、

 

出てから一緒にレストランに向かう途中、

偶然その女のオトコに見つかり、

 

逆上したソイツに後ろから

鈍器のようなもので殴られて、

 

車で連れ去られたのだと言う。

 

それから、

 

この廃工場を溜まり場にしていた

オトコとその仲間たちから、

 

殴る蹴るの暴行を受けた上、

手錠をはめられ監禁されてしまった、

 

ということだった。

 

俺たちが見つけなければ

どうなっていたかと思うと、

 

ゾッとしてくる。

 

「力が入らない」

 

と言う師匠を背負うような格好で、

半分引きずりながら、

 

俺はとにかくこの場を離れようと

歩き出した。

 

熱い。

 

風邪を引きでもしているのか、

師匠の体はかなり熱かった。

 

無理もない。

 

服は奪われでもしたのか、

この寒空の下、

 

ジーンズに長袖のTシャツ1枚

という格好だった。

 

(続く)追跡 5/5

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