追跡 3/5

冊子

 

ゲームセンターから感じていた

引っ掛かりが解けていく。

 

プリクラ、流行の雑貨屋、

ネタ系の喫茶店。

 

まるきりデートコースじゃないか。

 

そして動物の名前でエントリーするなんて、

若い女性と相場が決まっている。

 

俺は恐る恐る彼女の顔を盗み見たが、

 

その表情からは心中を推し量ることは

出来なかった。

 

師匠よりもGの多い『ウサギ』のスコアから

いやらしさのようなものを感じて、

 

思わず目を逸らした。

 

なんとなく二人とも無言で

ゲームセンターを後にする。

 

心の準備が出来るまで、

次のページには行かない方が良い。

 

本当に心の準備が要った。

 

そして俺は天を仰いだ。

 

行けと?ラブホテルへ?

彼女を連れて?

 

迷いというより腹立たしさだった。

 

そんな俺の混乱を知ってか知らずか、

彼女は、

 

「次はどこ?行きましょう」

 

と言うのだ。

 

行き先を告げないまま、

暗澹たる思いで自転車を漕ぐ。

 

※暗澹(あんたん)

見通しが立たず、希望が持てないさま。

 

ホテル街へ踏み入れた時点で、

 

彼女もなにが起こっているか

わかっただろう。

 

近くの駐輪場に自転車を止めて歩く。

 

彼女は黙ってついて来る。

 

その名前があまり下品ではなかったことなんて、

なんの慰めにもならない。

 

あっさりと見つけた看板の前で立ち止まって、

俺は真横に指を伸ばした。

 

「で、入るの?」

 

いつもと変わらない声色に、

むしろ緊張してくる。

 

ジーンズのお尻に挟んでかなりシワクチャ

になってきた『追跡』を広げ、

 

「入ります」

 

と言う。

 

「でも」と言いかけた俺を、

引っ張るように彼女は中に入っていった。

 

俺はこのシチュエーションに、

心臓をバクバクさせながらもついていく。

 

「205号室」と俺に言わせ、

 

彼女は手しか見えない人から

何かのカードを受け取る。

 

ズンズンと廊下を進み、

部屋番号に明かりの点ったドアを開ける。

 

入るなりバサッと彼女はベッドに

うつ伏せに倒れ込んだ。

 

足が疲れたというようなことを言いながら、

溜息をついている。

 

俺はいたたまれなくなって、

 

冗談のつもりで師匠の名前を呼びながら

クローゼットや引き出しを開けていった。

 

枕元の小箱は開ける気にならない。

 

風呂場の扉を開けた時、

 

一瞬、広い湯船の中に師匠の

青白い顔が浮かんでいるような

 

錯覚を覚えて眩暈がした。

 

そして湯気の中、

 

本当に湯が出っぱなしの状態に

なっていることに気づき、

 

ゾクリとしながら蛇口を閉めた。

 

サーッと湯船から水が溢れる音がする。

 

少し綺麗な音だった。

 

これは掃除担当者の閉め忘れなのか、

こういうサービスなのか、

 

判断がつかなかったが、

少なくともそのどちらかだと思うようにする。

 

部屋に戻ると、

 

彼女がうつ伏せから仰向けに

なっていてドキッとした。

 

「手掛かりは?」

 

「髪の毛です」

 

風呂場でシャワーのノズルに

絡み付いていた、

 

かなり色を抜いてある茶髪を

つまんで見せる。

 

長い髪だった。

 

そのあと彼女の言葉はなかったので、

それはゴミ箱に捨てた。

 

「もう出ましょう。

・・・割り勘で」

 

そう言いながら、

彼女は身を起こした。

 

俺が払いますと口にしたくなったが、

 

どう考えても割り勘が、

ここからのベストの脱出方法だった。

 

先払いしていた彼女に

2分の1を端数まできっちり手渡し、

 

苛立ちと気恥ずかしさで、

 

俺は『ハイハイ、早くて悪かったね』

と頭の中で繰り返しながら、

 

彼女より前を歩いてホテルを出た。

 

自分でもよくわからないが、

 

どこかにあるだろう監視カメラに

ぶつけていたのかも知れない。

 

ホテル街を抜けてから、

『追跡』を開いた。

 

「次は、レストランに向かったようです」

 

順番逆だろ、

と思いながら言葉を吐き出した。

 

昼間のうちにホテルなんて、

まるで金の無い学生みたいじゃないか。

 

いや、まさにその、

金の無い学生なのだった。

 

あの人は。

 

レストランまであと50メートルという歩道で、

血痕を見つける。

 

ページの中ほどに

その文章を見つけた時、

 

一瞬、足が止まった。

 

そして急いで自転車に乗り、

レストランへの途上で血痕を探した。

 

あった。

 

街路樹の間。

 

車道が近い。

 

探さなければきっと見落として

いただろうそれは、

 

とっくに乾いている。

 

誰の血だ?

 

周囲を見るが、

 

夕暮れが近づき

色褪せたような雑踏には、

 

なんの答えもない。

 

ただ、わずか数メートル先から

右へ折れる裏道が、

 

やけに気になった。

 

車が通れる幅に加え、

 

すぐにまた直角に折れていて

見通しが悪い。

 

人ひとりいなくなるのに

うってつけの経路じゃないか。

 

そんな妄想ともつかない言葉が

頭の中に浮かぶ。

 

念のためにレストランまで行き、

師匠の人相風体を告げるが、

 

店員に覚えているものはいなかった。

 

デートはここまでだったらしい。

 

確かに何かが起きている。

 

「続きは?」

 

彼女に促されてページをめくる。

 

「タクシーに乗ります」

 

そして俺は、

運転手に『人面疽』を知っているかと聞く。

 

人面疽(じんめんそ)

妖怪・奇病の一種。体の一部などに付いた傷が化膿し、人の顔のようなものができ、話をしたり、物を食べたりするとされる架空の病気。

 

人面疽?

 

どうしてそんな単語がここで出てくるのか。

 

困惑しながらも読み進めるが、

 

どうやらこのページは、

 

タクシーによる移動の部分しか

書かれていないようだ。

 

風景などの無駄な描写が多い。

 

俺たちはタクシーを止め、

乗り込む。

 

そして運転手に、

人面疽を知っているかと聞いてみた。

 

40代がらみのその男は、

 

「いやだなぁお客さん、

怪談話は苦手なんですよ」

 

と言って、

 

白い手袋をした左手を

顔の前で振った後、

 

「ジンメンソはよく知りませんけど、

こないだお客さんから聞いた話で・・・」

 

と妙に嬉しそうに、

 

タクシーにまつわる怪談話を

滔々とし始めた。

 

※滔々(とうとう)

よどみなく話すさま。弁舌さわやかなさま。

 

怪談好きの客と

見てとってのサービスなのか、

 

それとも、

 

元々そういう話が大好きなのか

わからなかったが、

 

ともかく、

彼は延々と喋り続け、

 

俺はなにかそこにヒントが隠れて

いるのかと真剣に聞いていたが、

 

やがて紋切り型のありがちな

オチばかり続くのに閉口して、

 

深く腰を掛け直した。

 

タクシーは郊外の道を走る。

 

降りるべき場所だけはわかっていたので、

俺たちは座っているだけでよかった。

 

『人面疽』とは、

 

体の一部に人間の顔のような出来物が

浮かび上がる現象だ。

 

いや、

病気と言っていいのだろうか。

 

オカルト好きなら知っているだろうが、

一般人にはあまり馴染みのない名前だろう。

 

そういえば、

 

師匠が人面疽について

語っていたことがあった気がする。

 

結構最近のことだったかも知れない。

 

なにを話していたのだったか。

 

ぎゅっと目を瞑るが、

どうしても思い出せない。

 

隣には、

 

膝の上に小さなバッグを乗せた彼女が、

どこか暗い表情で窓の外を見ていた。

 

やがて、

タクシーは目的地に到着する。

 

周囲はすっかり暗くなっていた。

 

運賃を二人で払い、

車から降りようとすると、

 

運転手が急に声をひそめて、

 

「でもお客さん、

どうして気づいたんですか」

 

と言いながら、

 

左手の手袋をソロソロと

ずらす素振りをみせた。

 

一瞬、俺が息をのむと、

 

すぐに彼は「冗談ですよ」

と快活に笑って、

 

『空車』の表示を出しながら、

車を発進させ去っていった。

 

どうやら、

元々が怪談好きだったらしい。

 

俺はもう二度と拾わないように、

そのタクシーのナンバーを覚えた。

 

「で、ここからは」

 

彼女があたりを見る。

 

公園の入り口付近で街灯が一つ、

今にも消えそうに瞬いている。

 

フェンスを風が揺らす音が、

微かに聞こえる。

 

俺はペンライトをお尻の

ポケットから出して、

 

『追跡』を開く。

 

いつなんどきあの人が気まぐれを

起こすかわからないので、

 

最低限の明かりはできるだけ

持ち歩くことにしていた。

 

(続く)追跡 4/5

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