今日の私は32才の私
1978年、私が小学校3年生くらいの頃の話です。
その頃とても仲良しだった「きよみちゃん」という女の子が同じクラスにいました。
彼女と私は毎日のように学校が終わると、お互いの家を行き来しては二人で遊んでいました。
未来から会いに来た?!
その日は、彼女の家の台所のキッチンテーブルで、二人でドラえもんを読んでいました。
内容は、ドラえもんがのび太に切抜き絵本のようなものを出していました。
それにはケーキやお菓子、車など色々なものがあり、切り抜いて組み立てると本物のように食べれたり、乗れたりするというもの。
きよみちゃんと私は早速、「おもしろい!マネしてみようよ!」と、画用紙やハサミ、色鉛筆を持ち出しました。
もちろん、本物になることなど有り得ないと理解できる年齢でしたが、とても楽しかったのを覚えています。
そして日も暮れかかり、私が家に帰らなければいけない時間に。
きよみちゃんはいつもそうするように、玄関の外まで私を見送ってくれました。
その時、きよみちゃんが言いました。
「○○ちゃん、今日の事、大人になっても忘れないで」
私はきよみちゃんがいきなり変なことを言うのには慣れていたのですが、その時は彼女の様子がいつもと違うので、「なんでー?」と聞き返しました。
今こうして振り返ると、確かにあの日のきよみちゃんはいつもと雰囲気が違ったような気がします。
きよみちゃんは続けました。
「今日の私は32才の私なんだ」
ますます私には訳が分かりません。
でも彼女は続けます。
「2002年だよ。32才。○○ちゃんの事を思い出してたら、心だけが子供の私に飛んでいっちゃった」
はっきり言って聡明とはほど遠かった子供の私は、なんだか分からないけれど2002年といったら車なんか空を飛んでいたりする、という考えしかないくらい遠い遠い未来だと思っていた。
「ふーん。ドラえもんの未来からか!」
・・・なんて、バカな受け答えしか出来ませんでした。
きよみちゃんはそんな私を笑いながら、「それが全然!マンガの世界とは違うよ」と言いました。
そうして私ときよみちゃんは、また明日遊ぶ約束をして別れました。
今考えると、どうしてあの時にもっと問い詰めなかったんだろうと後悔しますが、なにせ子供だったし、きよみちゃんも私と同様に、ドラえもんの影響で二人でよくSFチックな事を夢見ていたので、別にきよみちゃんが私に言ったことがそんなに変とも思わなかった。
翌朝、学校に行くと、いつものようにきよみちゃんが私に話しかけてきます。
まるっきり、いつものきよみちゃんでした。
そして私もまた、きよみちゃんが私に言った事などすっかり忘れて、そのまま毎日が過ぎていきました。
そして私たちは5年生になり、それと同時に私は地方へ引っ越すことになりました。
そしてそのまま、きよみちゃんと二度と会うことはありませんでした。
今年は2002年。
私は32才になりました。
そしてハッとします。
あの日のきよみちゃんの言葉を思い出して。
もしかして、もしかして、もしかして・・・と。
私はその後も引っ越しを繰り返し、今では海外在住です。
きよみちゃんを探したいのですが、結婚していれば名字も変わっているだろうし、どうやって見つけられるか。
あの頃の私は片親だったので、(当時はまだ珍しく、世間からは白い目で見られがちだった)「○○ちゃんと遊んじゃダメよ。片親なんだから」と、よその子供の親が私の目の前で言うなんてことも珍しくなかった。
それに大嫌いだった先生にも、「片親だからね。目つきも悪くなるんだろう」と言われたこともあった。
そんな中、きよみちゃんだけが私の友達で、子供時代の唯一の理解者であったと思う。
会いたいと思う気持ちがそうさせたのか、2週間ほど前に”あの日”の夢を見た。
あの日と同じ、きよみちゃんのおうちの台所。
キッチンテーブルいっぱいに、画用紙と色鉛筆。
私が自分の家から持ってきた、コロコロコミックが二冊置いてある。
台所からは6畳ほどの居間が見え、きよみちゃんのお母さんが緑色の座椅子に座ってテレビを観ている後ろ姿が見えます。
本当に何もかもが、私がこの夢を見るまで忘れていた事までが、はっきりと目の前にありました。
きよみちゃんがケーキの絵を画用紙に描いて、色を塗り、私はその横でハサミを持って、きよみちゃんが描くケーキを見つめています。
私は夢の中で、「これは夢だ」と自覚していました。
きよみちゃんが、ふと手を休めて私を見ます。
その時、私は彼女に言いました。
「きよみちゃん。今日の私も32才!」
きよみちゃんはビックリした顔をしたと思うと、私を見つめて言いました。
「忘れなかったんだ。○○ちゃん・・・」
きよみちゃんは半分泣き笑いような表情です。
私も泣きそうになるのを堪えながら言いました。
「ドラえもんの未来じゃなかったね!」
そして、二人で泣きながらも大笑いしました。
私は目が覚めました。
32才の私の体で。
私は泣いていました。
ただの夢だったと思う。
でも私は、時空を超えてあの時のきよみちゃんに会いに行ったのだと思いたい。
きよみちゃんがそうしてくれたように。
あとがき
不思議なのは、32才になるまで彼女の事をすっかり忘れていたという事。
それもそのはず、一緒だった期間は多分2~3年だけだったし。
私の見た夢は、きっと私の気持ちが見させたものだと思う。
だけど、あの日のきよみちゃんは本当に「2002年の私」って言ったよ。
(終)