アレが出ると供え物と挨拶をして帰る
これは、俺が若かりし頃に走り屋だった時の話。
都会には峠が少なく、あってもすでに潰されているスポットばかりで退屈だった。
そんな時、地方へ転勤になった。
周囲を山に囲まれた赴任先は、俺にとってまさに極楽だった。
もし見たら大人しく帰れ
ある夜、見知らぬ峠を開拓するべく、深夜の山道をうろついていた。
そこでスポットを発見した。
数台が溜まっている。
もちろん、俺も参加した。
数本走った後、溜まっている人間とだべっていると、上の方でスキール音がした。※スキール音とは、乗り物の車輪と路面が擦れ合う際に発生する音。
やがて、下りて来た者がこんなことを言った。
「アレが出たぞ」
すると、皆は口々にこう言った。
「じゃあ、帰りますか」
「10日ぶりだね」
「今日は遅いな」
そしてリーダー格の一人が、酒と塩と米をそれぞれ小皿に盛って、溜まり場の一角にあるボロい木の机に置いた。
「失礼しました~」
彼は上の方に向かって軽く挨拶をすると、他の人間と一緒に帰っていった。
それからも何度かその峠に行ったが、時々夜半過ぎになると「アレが出た」と言って、皆が一斉に供え物と挨拶をして帰るのだ。
アレとは一体何なのか?
潰しやパトカーや近隣住民の類ではないらしい。
知っているであろう誰に聞いても、明確な答えは返ってこない。
ただ、「もし見たら大人しく帰れ」ということは必ず言われた。
昼間に峠の周辺を探索してみても、神社仏閣などは見当たらない。
それに、自殺の名所でも心霊スポットでもない。
結局、それが何なのかを知ることなく、俺はその地域から転勤した。
なので未だに謎のままだ。
(終)