居酒屋バイトでの怪異な日々
これは、居酒屋でバイトをしていた時の話。
いつも正午頃になると、店の鍵を開けて仕込みの準備をしていた。
1時間後にはパートのおばさんや仕入れが終わった店長が来るのだが、それまでは俺一人きり。
ある日のこと、いつものように準備をしていたら、「ジリリリーン、ジリリリーン」と、かなり大きめの音が鳴り響いた。
昔にあった黒電話のような音。
店の電話はそんな音はしないし、そんな音がする物もない。
お客さんが携帯でも忘れたのかな?と思い、忘れ物入れを見てみるも、携帯はない。
その間もずっと鳴り響いているので、内心ではうるさいなぁと思いながら、どこから鳴っているのか耳で方向を探ってみた。
すると、店内に置いてある水槽辺りから鳴っているようだった。
もちろん水槽にそんな音が出るような機器は取り付けていないので、多分どこかに携帯が落ちているのだろう、と付近を探がしてみる。
が、やっぱりない。
というより、水槽以外は何もない。
何もないところから音がしている。
音が鳴り始めてから、すでに10分以上が経過している。
そもそも携帯電話の呼び出し音は、そんな長い時間鳴るものなのか?
なんだか気味が悪くなり、慌てて店の外に出た。
依然として、店内では「ジリリリーン」と音が鳴っている。
もうしばらくすると誰かが出勤して来る時間だったので、一緒に探してもらおうと思い、裏口で待っていた。
数分後、パートのおばさんがやって来た。
それと同じくして音が止んだ…。
俺は初めて血の気が引いた。
おばさんが心配そうに声をかけてきたので説明すると、「やめてよ~気味悪い~」の一言だった。
その居酒屋には先輩や店長の奥さんなど霊感のある人がいて、「トイレの通路がヤバい」とよく言われていた。
また従業員用の裏口とは別の常に閉まっている裏口があり、その横にトイレがある。
そのトイレの方角が北で、店の入口が南。
どうやらその設計がよくないらしくて、「女の子の幽霊を見た」とか、「青いおっさんを見た」とか、そんな話はそれまで冗談と思って聞いていた。
ある別の日のこと、閉店近くに片付けをしていたら、「すいませーん」と呼ぶ声がした。
「はーい」と返事をしたところ、バイトの子たちが不思議そうに俺を見る。
俺は「今、お客様さん呼ばなかった?」と聞いてみると、「もうお客さんいませんよ」と。
その日は気のせいで流したが、それからも同じようなことが度々あった。
おかげで店長には「お前いい加減にしろよ!」と小言を言われ、パートのおばさんには笑われる始末。
ちょっと疲れているのかな?と自分を疑った。
さらにしばらくした別のある日のこと、いつものように閉店近くに片付をけしていたら、「はーい」と店長とおばさんが声を出した。
不思議そうに二人を見つめた俺に、「今すいませーんってお客さん呼ばなかった?」と聞いてくる。
俺は、「え?お客さん、もういませんよ?」と。
その店を辞めてから、そういった体験は一度もない。
ただあんな体験をしてしまったせいか、『霊感がある人の近くいたら自分に霊感がうつる』という話は信じるようになった。
(終)