坂のてっぺんに立っている背を向けた女
これは3年前、実家に帰省した時の話。
実家の近所には、100メートルくらいの急な坂がある。
坂の両横は土手で、人が落ちないように1メートル程度の石塀が立っている。
ちょうど夕焼けで辺りが微妙に暗い時間、用事があってその坂を登っていた。
田舎だからか、俺以外の通行人はいない。
すると、坂のてっぺんにこちらに背を向けた髪の長い女が立っていた。
ただ立っているだけなのだが、何か気になって視線が外せなくなった。
女は後ろ向きのまま・・・
女がくすんだ薄いピンク色のスーツを着ているのが認識できるくらいまで接近しても、俺は女の後ろ姿を見続けた。
女はピクリとも動かない。
長い髪は風でフワっとなびいたりはするが・・・。
女との距離が10メートルくらいまで接近し、もういい加減に見るのをやめようと思って視線を逸らそうとした時、女の首がガクンと180度真後ろに倒れた。
俺はギョッとして一歩引いた。
表情は見えなかったが、見えなくてよかったかもしれない。
次の瞬間、女は後ろ向きのまま(顔はこちら向き)スタスタとこちらに向かって来た。
俺は背を向けて走り出した。
下り坂ということもあり、早歩きの女からは逃げられると思った。
しかし走っている間、なぜか俺は女に追いつかれそうになっていることに気付いていた。
その通り、女はカッカッカッと足音を立てながら俺に追いつき、そのまま抜き去っていった。
抜かれた時、女とすれ違った右側の腕と頬にザワっと鳥肌が立った。
それでも、「はぁ・・・助かった・・・」と立ち止まって息をついたが、すぐに息が止まった。
女が坂の下に立っていた。
最初と同じく、背をこちらに向けて。
首は戻っていた。
「まさか・・・」
そう思った通り、また女の首がガクンと倒れて、こちらに向かって歩いて来た。
俺は回れ右をして、今度は坂を駆け上った。
さすがにさっきよりはペースダウンしている俺は、これでは簡単に追いつかれてしまうと思ったが、足音はするのに今度はなかなか近づいて来ない。
坂の出口までもう少しのところで、「今度は平気か?」と思った直後、女は俺を追い抜いていった。
上を見ると案の定、女はてっぺんで背を向けて待っていた。
仕方なく俺は背を向けて坂を駆け下りた。
その後も2往復し、さすがにヘトヘトになった俺は強硬手段に出た。
塀を乗り越えて土手に降りたのだ。
今思えば最初からこうしておけばよかった。
勢い余って少し滑り落ちたが、なんとか持ちこたえた。
その後、坂まで戻って恐る恐る塀から覗いてみたが、女はいなくなっていた。
でもなんだか坂に戻るのが嫌で、土手沿いを歩いて帰った。
おかげで、今でも坂を見るとドキッとする。
坂を全力疾走したのは、後にも先にもこれだけだ。
(終)