河の中から夕焼けを眺めていたモノ
これは、知り合いの話。
彼はかつて漢方薬の買い付けの為、中国の奥地に入り込んでいたことがあるという。
その時に何度か不思議なことを見聞きしたらしい。
「とある山間を歩いていた時のことなんですが。
夕刻、大きな河にぶつかったのですよ。
この岸辺で野宿をしようかと荷物を降ろしたところ、これが実に見事な夕焼けになったんです。
麓の地平線一杯が、こう一面に真っ赤と染まりまして。
しばらく感動して眺めていたのです。
いやぁ、あれは素晴らしかった。
それに気が付いたのは、夕焼けからやっと目を離せた時でした。
目の前の河面に、何か黒いボールのような物が山と浮いていたのです。
大きさは、ちょうど人の頭ほどもありましたか。
何だろう、さっきは何もなかったのに。
そう思いながら見ていると…。
そのボールの一つが、くるりとこちらを向いたのです。
水面のすぐ上に、小さな黒い丸が二つ付いていました。
それが瞬きして初めて、目玉だとわかりました。
河の中に居た何者か達が、一斉に浮かび上がって夕焼けを眺めていたのです。
目が合った後も怖いとは思いませんでした。
あぁ彼らも夕焼けを美しいと思う生き物なのだな、とそんなことを考えまして。
あちらも私に興味をなくしたのか、すぐに落日に向き直りましたし。
日が完全に沈む頃、いつの間にか彼らは姿を消していました。
その夜はそこで一泊したのですが、別に何も起こりませんでしたよ。
村に戻ってから知り合いにこの話をしたところ、『あの辺りは昔から河伯(かはく)がいる。私が見たのもそれであろう』と言われました。
日本で謂うところのカッパみたいなモノなんでしょうかね。
最近のニュースで知ったのですが、あの地方、今は渇水で河が枯れてしまったそうなんです。
天候不順とか水の汲み上げ過ぎだと言われていましたが。
あれほどの大河が枯れるというのも凄い話ですけど。
あれだけ居た河伯達、何処に行ってしまったのでしょうね」
そう言った彼の顔は、どこか寂しそうだった。
(終)