目的の場所に辿り着かないその時・・・
これは祖父から聞いた話で、45年ほど昔の出来事です。
釣りが好きだった祖父は近所の遊び仲間と共に、やり溜めた仕事の合間にしばしば釣りに出かけたそうです。
釣りは朝早く、車に大人4人が乗り込み、仕事も忘れ、休日を満喫しに釣りへ出かけます。
山を二つ越えた所の渓流に、目当ての魚が泳いでいたそうです。
到着まで1時間。
現在もあまり変わらないでしょうけども、当時の田舎の夜明け前、まして山の中ですから、車のライトがあれど相当に暗いです。
そんな中、轍も定かでない道を進んでいきます。※轍(わだち)とは、車が通った輪の跡のこと。
4人が見たもの
渓流にはもう何度となく祖父たちは通っていたそうで、迷うはずはありませんでした。
1時間、10分、20分、30分・・・。
一向に目的の場所に辿り着けません。
眠い目を擦りながら、4人は確認し合います。
「あんれぇ?迷ったんか?」
「何時になっても着かねぇからおかしいと思ってたんだぁ?」
一息ついて、また走り出しました。
ですが、いつになっても目的地に着きません。
さすがに事態を重くみた4人は、その日の早朝釣りを諦めて、明るくなるまで少しの間仮眠をとることにしたそうです。
そして夜明けが近づくにつれ、だんだんと辺りの様子が少しだけ見えてきました。
後部座席に座ってた祖父が、一番最初に目を覚ましたそうです。
「おい、ぼちぼち行ってみんべか?」
他の者も目を覚まして言います。
「んだな。行ってみんべ」
エンジンをかけなおし、発進しようとした瞬間、運転手が言います。
「おめぇら、黙って伏せろ!」
何事かと祖父が小さな声で尋ねます。
「どしたんだぃ?」
運転手は言います。
「そーっと、そーっとだぞ!そーっと窓の外見てみろ。目を合わすなよ!」
4人はそーっと伏せていた身を起こし、窓の外をゆっくりと見ました。
そこには、白い顔をして赤い紅を引く、小さな動く人のようなものが。
ほっかむりのようなものを頭に乗せて、ゆっくりゆっくりと、すり足で車の横を通り過ぎて行きます。
和風の結婚式のような感じだったそうです。
隣には黒に着物を着た小さな人のようなものが同じように歩いて行きます。
灯篭を手に持ち、ゆっくりと片足を上げて、ゆっくりと前へその足を着いて進んで行くものもいます。
その列が後ろから前へ、車の両側をずらっと並んでいました。
ぼんぼりのようなものも定間隔で置かれていたそうです。
白い和服の後ろから出ていたものは、茶色と白の『尾』です。
全員が後ろから尾が出ていたそうです。
そうです、これは『狐の嫁入り』だったのです。
全てが通り過ぎるまで、20分程度かかったそうです。
終始4人は息をのみ、黙り尽くしていました。
気味が悪くなった祖父たちは一目散に家へ帰り、それ以降その山にはあまり近づかなくなったそうです。
4人全員が一先ず私の母の実家に到着し、お茶をブルブルした手で飲みながら家族全員に今見てきたことを伝えたようですが、尋常じゃない形相だったと私の母は言っていました。
そんな話を聞いた私は、こんなことが実際にあるわけないと思いつつ、こんな儀式が行われているところを一生に一度は見てみたい、とも思いました。
(終)