人の死体に憑いて生える特別な虫草

薬草

 

これは、知り合いの話。

 

彼はかつて漢方薬の買い付けの為、中国の奥地に入り込んでいたことがあるという。

 

その時に何度か不思議なことを見聞きしたらしい。

 

山村に逗留していると、そこの男が『奇妙な乾物』を幾つか持ち込んできた。

 

薄紫がかった灰白色の植物のものだ。

 

掌からはみ出すほどの大きさがある。

 

(なま)りの酷い男の話を聞くうち、これがある種の冬虫夏草らしいとわかった。

 

最も、中国で冬虫夏草と呼べるのは、特定種類の蛾の幼虫に寄生するものだけらしいので、ここでは単に虫草と記しておく。

 

「ただの虫草じゃないよ」

 

自慢気に男は続けた。

 

「これは人の死体にだけ憑いて生える特別なヤツなんだ」

 

不意に幻覚に襲われた。

 

倒れ伏した腐乱死体から、今まさに手にしている草が幾つも幾つも生え伸びている風景。

 

非常におぞましい感じを覚えたのだという。

 

「えらく高いこと吹っかけられたんで、結局買わなかったのですけどね」

 

少しだけ笑いながら、彼はそう言っていた。

 

逗留していた山から下りて、街で馴染みの薬屋と一杯飲んでいた夜のこと。

 

話がてら、「そういえば変な虫草を売りに来た男がいましたよ」と何気なく漏らす。

 

話を聞いた薬屋は、顔を顰(しか)めた。

 

「買ってないだろうな?買ってたらすぐに焼け。身に近づけるな!」

 

そして何か汚らしい、そして恐ろしいものを見るような目つきで彼を見た。

 

「まさかアレは危ない代物だったのですか?」

 

どうにも気になって尋ねたという。

 

薬屋が言うには、彼が籠もっていた山のさらに上の方に、ある少数民族が住んでおり、そこに小さな村を構えているのだと。

 

そこの住人には自分の死期を悟る能力があって、寿命が来ると山の高みに登って姿を消す。

 

住人がいなくなった後しばらくしてから、その家族が遺体を探しに山を登る。

 

程なく見つかる遺体には、彼が見たあの虫草がビッシリと生えているのだと。

 

遺体はそのまま山に還るに任せ、草だけを刈ってから山を下りる。

 

そしてその草を村民皆で煮て食べるのが、その村流の葬儀であるらしい。

 

「村はとんでもなく高い所にあるってんだが、住んでる奴ら皆が皆、異常に健康体なんだと。あの草と何らかの共生関係にあるのかもしれん。お前さんな、もうこれからは高い山に登らん方がいい。あの虫草はどうも、ある一定の高度になると宿主の体内で発芽してるみたいなんだ。だから死期を悟った住人は、そこまで登ってから死を待つという話だ」

 

薬屋は、こうも続けた。

 

「彼らは本当に寿命がわかったから、そんな行動を取っているのかねぇ?実は全てが思い込みに過ぎなくて、体内の虫草が繁殖したくなったから高い所に登らされてるんじゃないか、操られてるんじゃないか、ってのは考え過ぎかねぇ?

 

そして、芝居気たっぷりにこう付け加えた。

 

「あくまでも私が考えるだけだけど、ね」

 

私に彼はこう言う。

 

「信じた訳じゃないですけど。以来、高い山にはほとんど登ってないですねぇ」

 

苦笑しながら、こう続けた。

 

「富士山、もう一回くらい登っときたいのですけど。どうしましょうかねぇ」

 

富士山を登ることを決意できたら、きっとそれが彼の死期なんだろう。

 

(終)

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