いくら配っても終わらない配達区域
これは、新聞配達をやっていた時の話。
同僚に、ホラ話やネタ話をよくするお爺ちゃんがいた。
お爺ちゃんの名前は安岡さん(仮名)。
「〇〇研究所の近くで宇宙人を見たよ!」とか言って、よく遊んでいた。
ある日、安岡さんがいつも通りにホラ話をしてくれた。
「疲れたままや考え事をしながら配ると危ないぞ」と。
俺は事故のことだと思って、「そうですね」と答えた。
そしていつもの調子で話していたら、「昨日、いくら配っても終わらねえの。同じとこを何回も配ってる感覚でさぁ。でも気付いたら全部配ってて。時間もいつもより早くてさぁ・・・」と言う。
「不着が無いなら良かったじゃないですか」と返すと、「うーん、まあそうだけどさぁ・・・」と言って、その話は終わった。
それから1週間が過ぎた頃、安岡さんは配達を辞めた。
20年近くやっていたのに、いきなり飛んだのだ。
理由を専業(正社員)に聞いても「わからない」の一点張り。
配達の経験がある人ならわかるが、人の出入りが激しい職場なので、辞めたと聞いても驚くことはないと思う。
だが、俺は安岡さんしか話し相手がいなかったので寂しかった。
それに、ずっと不審に思っていたことがある。
安岡さんが担当していた区域だけ、何年経っても誰も定着しなかったことだ。
なぜか専業も配りたがらなくて、理由も教えてくれない。
確かに部数は結構多いが、俺の区域ほどではないし、販売店からも近い。
臨時配達員を雇っていたくらいだ。
とはいえ、自分の区域ではないので、そのまま配達を続けていた。
それからまた何年か経って自分も辞めるという時に、古株の専業が教えてくれた。
「あの区域あるだろ、あそこ配達すると何故か中々終わらないんだよ」
そう言ってきた。
ただ、「ああ、安岡さんも同じことを言ってましたよ?」と返した途端、専業の表情が変わり、黙り込んだ。
安岡さんが今どうしているのか、全くわからない。
俺も辞めてからは専業と疎遠になり、情報交換もなくなった。
ただの勘違いならいいんだけど・・・。
(終)